転生パロです。色々自己満足です。珍しく幸村が割を食ってます。伊達ちゃんはいつも通りのポジションです。
 ダテサナのような、真田主従のような、そんな感じ。相変わらず伊達ちゃんは幸村のことが好きで、相変わらず幸村はさっちゃんのことが大好きなだけです。
 私は真田主従+伊達ちゃんのつもりですが、角度によってはさっちゃん←幸村、幸村←伊達ちゃんに見えなくもないです。
 タイトルは本当に何も出てこなくって、林檎嬢の曲から拝借しました。
















二 人 ぼ っ ち 時 間






 佐助は"昔"と変わらず、幸村のことを『旦那』と呼んでいる。けれども政宗は、その光景に慣れることはないだろうな、とぼんやりと思っている。政宗の知る二人とはあまりにも違い過ぎるからだ。二人を取り巻く環境は、何もかもが変わってしまった。二人を"あの"二人だと決定付けていた要素は、何もかもが変わってしまった。幸村がふてぶてしくぞんざいに彼の名を呼びつければ、いつ如何なる時であろうとも姿を見せた佐助の忠義は、最早どこにもない。幸村の他愛ない、容赦のない、甘えに似たわがままに応える理由も、もうどこにもない。
 幸村は、その事実を誰よりも慶んでいた、歓喜していた。来世こそ彼は幸せになりますように。そう願って産まれ落ちた現代、彼は幸村が望む幸せの真っ只中に居た。幸村の呪縛から逃れた佐助は、いつも楽しげに笑っていた。だから幸村も幸せだった。かつての幸村の幸福を二人は共有できなかったが、佐助の幸せは間違いなく幸村の幸せでもあったのだ。
 政宗は、友人として真っ当な絆を紡ぎつつある二人を眺めていると、ふとした拍子にため息がこぼれてしまう。幸村は、政宗の記憶にある彼と寸分の違いもない造形で、再び政宗の前に在る。相変わらず人付き合いはド下手糞で、愛想は今回も産道に置き忘れてきてしまったようだ。お人形のように整った横顔は、政宗の記憶通り、滅多に感情が露になることはない。政宗は二人が談笑している姿を眺めながら、幸村の幸せとは何だったのだろう、と考える。彼はいっそ突き抜けていると言ってしまっても過言ではない程の特殊な性質の男だった。確かに政宗は彼の姿を好いてはいたが、それは高価な茶碗や刀を愛でるような、無機物に対しての執着だった。だからこそ、彼が不幸だろうが不幸せだろうが、それこそ狂人になってしまおうが、政宗は大した興味はなかった。彼という器が変わることなく存在することこそが重要だったのだ。だが、彼付きの忍びにも同様な想いを抱いていたわけではなかった。相手がどう思っていたかは知らないが、政宗は政宗なりに、佐助を好んではいたのだ。そのほとんどが同情であったとしても、だ。あれはいっそこちらが気の毒に思う程に人間くさい男だった。真っ当な感性と感情を、忍び風情のくせして損なうことなく有している男だった。もちろん、それは幸村あってのことなのだと、政宗も理解はしている。
 佐助は、幸村とはまるで真逆の性質をしていた。それ故の確信だった。あの男の許に在っては幸せになるまい、と。幸村は己の不遇にも無頓着であった。次の戦、次の次の戦を睨みつけて、ただただ前に立ちふさがる悉くを灼き尽くすことしか頭にない狂人の類であった。佐助の健気さは、己の臣によく似ていた。だから余計なのかもしれない。政宗は幸村よりも、佐助よりも、何倍も何十倍も、己の右目が大切だったのだ。だからこそ、政宗はあの時の絶望を、今でもよく覚えている。あの口は、己のよく知る声で音で振動で『はじめまして』とのたまったのだ!



***



 佐助の世話焼きは生来のものだったらしく、佐助が幸村の行動にお節介を焼くのが習慣化するのに、そう時間はかからなかった。幸村は変わらず自分の容姿に無自覚だった。もちろん不潔にしているわけではないが、特に気を遣っているわけでもない幸村の姿は、整った容姿に不釣合いの、年相応の男子高生のそれであった。カッターシャツは一々アイロンがけなどしないし、制服のズボンは皺が寄りっぱなし。折角伸ばしている髪は、ろくに梳かしもせずに無造作に首の後ろでくくってあるだけだ。そんな幸村をつかまえては、まるで母親のようにくどくどと説教を垂れている。今日も「ほら、折角きれいな顔してるのに、そんな顰めっ面しちゃって」と言いながら、手櫛で適当に整えただけの幸村の髪を撫で付けている。
「顔が整ってるからってね、手抜きは駄目だよ手抜きは。政宗を見なよ、あんだけ美形でもちゃんとしてるでしょ?」
 幸村が無言の抗議に出ると、佐助は決まって苦笑する。優しい手付きで幸村の髪を結び直した佐助は、ここも例外なく造形が整っている耳たぶを軽くつまみ上げた。痛みが走る程ではなかったが、人の手によって触れられていることに幸村は僅かに違和感を覚えて顔を顰めた。
「そう言えば、穴、開けてないんだ?うちの学校、校則ゆるいから、開けてるヤツ多いのにね」
 そう言う佐助の耳には、小さな宝石が数個、輝いている。一応は学生だという自覚があるようで、ピアス自体は控えめなものだ。
「ピアス、よかったら開けてあげよっか?俺今ピアッサー持ってるよ」
 先よりも少しだけ強く、佐助が幸村の耳を引っぱる。ピアスの穴を開ける、という行為を、幸村はもちろん知っていた。知ってはいたが、それが自分に降りかかることを一度も考えたことがない幸村は、彼の言葉の意味を正確に認識することがすぐにはできずに、僅かに眉を寄せた表情で佐助を見返した。それをどのような意味で取ったのか、佐助は軽く笑みを浮かべて、空いている方の手をひらひらと振った。
「まぁ、痛くないってわけじゃないけど。一瞬のことだし、こわくないって。俺様、慣れてるからうまいよ〜?」
 佐助はへらへらと笑っている。幸村は叫び出したくなる衝動を咄嗟に飲み込んで、勢いよく立ち上がった。掴んでいたといっても、触れていたと大差ない佐助の指が、するりと幸村の耳から外れた。佐助が突然どうしたのだろう、と立ち上がった幸村の顔を覗き込もうと身を乗り出す。けれども幸村は慌てて顔を伏せて、その場から逃げ出した。そうでもしなければ、佐助を殴りつけていたかもしれないからだ。


(お前が、よりにもよってお前が、この俺に傷を付けるなどと、)
 あってはならぬことだ、ああ、ああ、それはどんな裏切りであろう、冒涜であろう、謀反であろう!!お前が、俺の、俺の忍びが、そのような戯言を言うのか!

 幸村は叫び出しそうになるのを堪えながら、ただ駆けた。
 彼が極々平凡な生を送れますように。そう願ったのは幸村だ。誰よりも何よりも、彼の幸せを一番に願ったのは。この世から戦がなくなれば、俺とお前が主従でなくなれば、お前が俺の為に命を使うことがなくなれば。そう願ったのは己だ、己なのだ。それが、なんという体たらくであろうか!もう俺とお前を結ぶ主従の絆は、ここには存在しないのに。もう佐助は、幸村のものですらないのに!


 幸村の足がようやく止まったのは、屋上に辿り着いてからのことだった。既に下校の時刻だ。そこには誰もいなかった。幸村は荒い息を吐きながら、屋上のど真ん中に寝転がった。ようやく呼吸も整ってきただろうか、その時、静かな空気に電子音が響いた。幸村の携帯電話のコール音だ。出るつもりはなかったが、未だに耳慣れない音の周波に幸村は顔を顰めながら胸ポケットに手を突っ込む。ストラップも何も付いていない面白味のない携帯電話は、幸村が手荒に扱うせいで小さな傷や一部塗装が剥がれている部分もある。つまらなさそうに表示画面を眺めれば、そこには無機質な文字で『佐助』の二文字。元々、電話にもメールにも滅多に返信しない幸村だ。電話の向こうにいる佐助は早々に諦めたらしく、数回コールしただけですぐに切れてしまった。"昔"ならば、癇癪を起こした幸村をすぐに見つけてくれたのは佐助だったし、それを宥めすかすのも佐助だった。それを今も願うのは贅沢なのだ。きっと今頃は帰り支度をしているに違いない。明日の朝にでも幸村に謝ればいいと思っていることだろう。佐助は本来、優しいけれど薄情な男なのだ。

 幸村はぼんやりと途方に暮れた。無性に誰かに居てほしい、気がする。そういった時、付かず離れず自分の隣りに居た男は、もうどこにもいないのだ。今更、本当に呆れる程に今更、そんな事実を思い知って、幸村は顔をくしゃりと歪めた。こういう気持ちを、人は淋しいと言うのかもしれない、と。
 手持ち無沙汰になってしまった幸村は、何気なく携帯のボタンを押した。幸村のアドレス帳には少ない友人たちの名前が連なっている。誰かに側にいてほしい気がする。けれども、誰でもいいというわけではないのだ。アドレス帳をスクロールして、ある人物のところで幸村は手を止めた。彼は確か、その残酷な現実に『絶望した』と嘆いていたのではなかったろうか。
 コール音が静かな空気に響く。やけに癇に障るその音に、やはり好きになれないな、と小さくため息をこぼした。二回、三回、と音は続く。けれどもそれは唐突に切れて、電話越しに声がかけられた。
『珍しいな、どうした?』
「…早いでござるなぁ」
 幸村の素直な感想に、照れたのか悔しかったのか、うるせぇ、と抗議が上がった。幸村はそれを聞き流す。この男は、幸村の記憶の男のままだ。それが良いことなのか、厄介なことなのか、幸村には分からない。
『それで、どうした?何かあったか?』
 何か、は確かにあったのだが。それを幸村は説明ができない。どうして彼に縋り付こうと思ったのか、どうして彼を選んだのか。
『おい、幸村?』
 黙り込んだ、いつもの調子では考えられぬ幸村の様子に戸惑ったのか、政宗の声は存外優しい。
 淋しいのです、哀しいのです、切ないのです。もう自分のことなのによく分からなくて、いや、分からないからこそ、

「苦しい」

 電話越しに政宗の息を飲む音が聞こえた。弱くなったものだと、感情とは別のどこか離れたところがそう思った。こんな言葉一つで動揺する政宗も、こんな状況に追い込まれなければ自覚することもできず、自覚したら自覚したで参ってしまっている自分も、随分と。結局自分たちは、彼らがいないと呼吸すらうまく出来ない生物なのかもしれない。今ではすっかり、飼い慣らされた龍と虎だ。

『今、どこにいる』
 声は少し怒っているようだった。幸村は言おうか迷ったが、もうどうでもよくなっていて、ぼそりと今の居場所を呟いた。政宗は既に走り出しているようで、彼の怒号に混じって空気を裂く音が聞こえた。
『すぐに行く!いいか!逃げるなよ!!』
 ぶつん、と音がしそうな程勢いよく切られた声は、けれども、数回のまばたきの間に、電話を介入することなく、直接幸村の耳に届けられた。扉が大きな音を立てて乱暴に開かれる。閉まる音がするより先に、どすどすとこれまた大きな足音を立てて幸村に近付いた。けれども幸村は僅かに振り返るような素振りをみせただけで、結局寝返りを打って入り口に背を向けた。
「おい幸村、」
 政宗は呼びかけながら、わざわざ幸村が向いている方へ回り込んで、幸村の顔を覗き込んだ。幸村は政宗のよく知る顰めっ面で政宗を見上げる。幸村は寝転がった体勢のまま動かなかった。政宗は幸村にわざと聞こえるように大袈裟にため息をついて、彼の横に腰掛けた。正直、政宗は彼が泣いているのではないかとすら思ったのだ。政宗は彼が弱ったところを見たことがない、足踏みをして戸惑っている姿など、ついぞ拝むことができなかった。常に前だけを見据えて、否、次の戦、次の次の戦、次の次の次の戦を、常に睨みつけていた彼は、感情に翻弄されること自体が初めての体験なのだと、政宗は思う。人間くさくなったな、と不機嫌な彼を見下ろす。それが良い傾向なのか、それとも彼が最も恐れていた事態なのかは分からない。ただ、あの狂人は最早忍びの信仰の対象ではなくなっていて、鬼が鬼のままで居られるには、この世はあまりにも平和過ぎた。彼に一番必要なのは、平穏をそのまま受け入れられる、正常な心の器なのだろう。でなければ、彼はすぐに壊れてしまう、壊してしまう。あなた様はあなた様らしく、あなた様がこれはと言ってお選びになった道を進めば良いのです。そう言ってくれた者は、もうどこにもいないのだ。そう、お互いに。
 大丈夫か、とは訊かない。それは一体どのような状態を言うのだろうか。幸村の身体は傷一つなく、めでたいことに五体満足、欠損は一つもない。馬を走らすにも槍を振るうにも問題はない状態だ。だがそれがすなわち、大丈夫であるかどうかの証拠にはなりはしないのだ。彼はきっと、ようやくそのことに気付いたのではないだろうか。

 政宗はそっと幸村に手を伸ばして、政宗が愛してやまない整った横顔を撫でた。幸村は何も言わず、政宗を見ることもせず、ただぼんやりと空を睨みつけていた。
「あいつと、何かあったのか」
 それは確信だった。幸村の心を動揺させることが出来る人物など、彼以外に考えられない。幸村はゆっくりと政宗に視線を向けて、けれどもすぐにそれはそらされてしまった。どうして自分たちは平穏を甘受することができないのだろうか。
「もう小十郎殿は政宗殿のものではない」
 幸村の声は平坦だった。感情が薄い。政宗はその言葉に舌打ちをして、
「そうだよ、だからなんだ」
 と、苛立ちを隠すことなく言った。幸村は"昔"から、政宗の逆鱗に触れることがうまい。それは幸村が、周りがよく見えているくせに傍若無人の馬鹿な男であったからであって、鋼を通り越してダイヤモンドの心を持っているからだ。彼は人には感情があることを、正しく理解していないのだ。今も幸村は、政宗が彼の言葉にどれだけ傷付いたのかを知らない、気付かない、思いつきもしない。彼は徹頭徹尾そういう性質の男だった。

「俺も、同じなのだな。もう佐助は俺のものではない。分かっていたはずだ、そうあれと願ったはずだ。それなのに、それなのに、無性に苦しくて、どうすればいいのか分からない」

 政宗は幸村の頬に添えていた手で、彼の顔を少し持ち上げた。同時に政宗は身体を傾ける。近付いた顔に、けれども幸村は何の反応も示さなかった。彼との距離がゼロに限りなく近くなる状況は、決して初めてではない。戦場ではまるで相手に食い掛からんばかりに睨み合っていた仲だ、散々殺し合った仲だ。二人の間にある奇跡のような信頼は、自分がそのまま相手にそう思われたいと祈っていた信頼の形なのかもしれない。政宗は政宗なりに、幸村は幸村なりに、相手を信頼していたし好いていたし、敬っていたし、それ以上にうらめしく思っていたからだ。

 政宗の形の良い唇が、幸村の頬を丁寧に触れた。政宗は優しい、優しいのに、幸村が求めた優しさとはどうあっても違うのだ。幼い頃にこうして慰めてくれたあの手は声は唇は、もうそうやって触れることはないだろう。
(政宗殿も、そうなのだろうか)
 淋しい、悲しい、苦しい、と彼も喘いでいるのだろうか。だからこそこうして、幸村を慰めてあやして、もういない彼の模倣をするのか。そう思うと、自分に触れている政宗の温度が愛おしく感じられたが、それすらも傷の舐め合いなのだと気付いてしまえば、虚しい仮初の温度であるという事実が幸村の頭を冷静にさせた。けれども今だけ、幸村はその裏側に気付かない振りをして、政宗の指を掴んだ。男とも女とも取れる中性的な幸村の指に比べて、政宗の指はちゃんと骨張っていてごつごつしていて、一本一本がすらりと長く整っていた。その感触を確かめるように一本一本を丁寧になぞって、そっと自分の口許に持ち上げる。きっとあの御仁も、こうしてこの男に忠誠を誓っていたのだろう。幸村は記憶の中の"彼"になったつもりで、政宗の指に口付けた。

 それが引き金になったのか、政宗はぐいと幸村の身体を抱き起こして、幸村の頭を胸の中に囲い込んでしまった。幸村の腕が行き場を失って空を掻き抱く。
「俺たちは、世界に二人ぼっちだ」
 政宗は、そう小さく呟いた。幸村は聞こえない振りをして、そっと目を閉じる。
(彼は二人ぼっちだ、なんて言うけれど、)
 結局は一人ぼっちが二人、身を寄せ合っているだけなのだと、幸村は知っていた。











bsrだけは転生パロが超好きです。
覚えてる子と覚えてない子を作っては、こうやって誰かをいぢめてます。
リハビリがてら、色々と詰め込んでみました。
う〜ん、やっぱり久々に書くと難しいです。
視点が見事にばらばらです。あらまぁやんなっちゃう。
うちの主従は、互いに依存度が高いです(とか言ってみる)
あっ、タイトルに使用した曲は、林檎嬢のヤツです。
可愛くて好きです。さっちゃんみたいで(…)
11/04/16