アイスクリームが溶けそう 学生×アイスクリーム店員


 生徒会の仕事を終え、学校を出る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。共に残っていた兼続が「腹が空いたな」と三成に同意を求めて呟いたが、三成はその言葉を黙殺した。三成の常の表情である、剣呑な視線を向けられた兼続は、つまらなさそうに唇を尖らせた。兼続としては、帰宅前にどこかファーストフード店でも入って、軽く腹の虫を宥めすかしておきたいところなのだ。だが三成は足早に校門をくぐって、兼続をさっさと追い払おうとすらしているようだった。
「三成。」
「俺は寄るところがある。腹が空いたのなら、さっさと帰れ。もしくは、一人で道草食っていろ。」
 突き放すような言い方に慣れている兼続は、「なればお前に付き合うぞ!だからお前も私に付き合え!」と、直江ルールを発動させている。こうなっては梃子でも動かない兼続を知っているだけに、舌打ちを一つして、「勝手にしろ」と兼続に言葉を放り投げてやった。どうせ三成の意見など聞きやしないくせに、兼続は嬉しそうな顔をして、「うむ、これこそ義だ!」と三成に遅れぬように歩を速めるのだった。

 競歩でもしているのかと思えるスピードで街中を抜けていく三成だが、とある店の前で、ようやくその足を止めた。すぐに入っていくのかと思えば、店先で看板を見上げている。兼続もその動きに倣い、店の名前へと目を向けた。が、すぐに笑い出したくなる衝動を必死で押さえ込まなければならなかった。あの石田三成が!学校では常に眉間に皺を浮かべて不機嫌そうにしている、あの三成が!辛辣な物言いと険しい表情のせいで、下級生には特に怖れられている生徒会副会長様が!似合わないにも程がある!
 隣りの不穏な空気を三成も感じ取っているだろうに、三成は苛立たしげに兼続を一瞥しただけだった。代わりに、何か気合でも入れているのか、下ろした拳が握り締められていた。何故だか、兼続に構っている余裕はないように見えた。壇上でスピーチをする時ですら、緊張の き の字も知らないような奴が、一体何を身構えているのだろうか、と兼続が見守る中、三成は小さな掛け声と共に、ようやく一歩を踏み出した。自動ドアが開かれる。がちがちに緊張している三成の後に、兼続も頭に疑問符を浮かべながら続いた。兼続の人生初のアイスクリーム店の記憶は、三成の挙動不審と共に深く刻まれることだろう。

 にこやかな「いらっしゃいませー」の声に、三成の肩は僅かにびくりと跳ねた。更に、カウンターの向こうに立つ店員に、ぎこちなく小さく会釈をしているではないか。あの三成が!態度がどうにも偉そう!と評判の三成が!兼続は忙しなく三成の様子を観察している間にも、店員の穏やかな声は続く。
「只今キャンペーン中でして、ダブルがお得になっております。この機会に是非ともどうぞー。」
 店員のいかにも人の良さそうな笑顔に、ついこちらまで頬が緩んでしまいそうだ。三成はと言えば、僅かに、付き合いの長い兼続にしか分からないだろうが、頬を染めている。そっぽ向きながらも、マニュアル通りに喋っただけなのだろう店員に小さく頷いている。お前はいつからそんなシャイボーイになったのだ!と裏手突っ込みを入れたいのを必死で押さえ込む兼続。
「お決まりでしたらお伺いしますがー?」
「あ、いや、まだ、」
「でしたら、ご試食でもどうぞ。はい、そちらの方も。使用されたスプーンは、そちらのカップに入れてください。」
 言いながら、カウンターを通してアイスを乗せたスプーンが渡される。試食にこんなにもこんもり盛っていいのか、と思ってしまったが、まあ返すのも迷惑だろうと、兼続はそのスプーンを口に含んだ。ふむ、程よい甘みが口の中に広がっておいしい。などと兼続が分析している間、三成はスプーンを握り締めているだけだった。溶けるぞ、と兼続が声をかけなければ、延々とその店員の顔を見つめ続けていただろう。
 先程から、三成の視線を独り占めしている店員とは、まぁ男である。温和な柔らかな空気を纏っているが、男である。それは間違えようもない。確かに顔は整っているし、スプーンを差し出した指もすらりと長かった。美形と言って申し分ないだろう。だがしかし、男である。

「ええっと、カップのバニラ、でよろしいですか?」
 中々決まらぬ三成を見兼ねたのか、店員がそう声をかけた。確かに、あまりに思い悩んだ表情をしていて、兼続もつい助け舟を出したくなる程だった。そう思った兼続だが、どうやら三成はそうではなかったらしい。弾かれたように身体を揺らして、驚いた表情で店員の顔を見上げている。三成の動揺が分からなかったのか、店員は小首をかしげて、どうしましたか?と問い返しているぐらいだ。うむ、その表情はちょっと可愛い。
「いつも迷いに迷って、バニラになさっていますから。それとも今日は違う味にしてみますか?」
「お、俺のこと、覚えて…!」
「はい。よく来てくださいますから。いつもありがとうございます。」
「!!!」
「はいはーい、私は決まったぞ。大納言あずきといちごミルク、コーンで頼む。」
 兼続の横槍にも、店員の笑顔は崩れることなく、「はい、かしこまりましたー。」といそいそと作り始めた。こちらへの注意がそれたことを確認した兼続は、そっと三成に耳打ちした。
「お前があの店員が大のお気に入りだということは、よくよく分かった。折角、すすめて貰ったのだ、バニラと何か頼んで、この店の売り上げに貢献してやったらどうだ。」
 耳打ちがそもそも不快だったようで、うるさい、と寄りかかる兼続の身体を跳ね除けた三成だったが、思うところもあったようで、今度は真剣にメニューを見つめている。三成の弱味も握れて、今日は万々歳だ!とほくそ笑んでいる兼続をよそに、三成は強張った声で告げた。

「バニラ、と…、」
「あ、はい、バニラと何にしましょう?」
 兼続にアイスを渡しながら、店員は笑顔を三成へと向けた。途端、三成の頬が上気し始める。真正面から満面の笑みを向けられて、三成の思考はショートしかけていた。
「……バニラ、で。」
 その珍しい組み合わせに、店員・幸村の記憶に強くインプットされたことは、間違いないだろう。











Q.長くなった敗因は何ですか?
A.調子乗って兼続を出したせいです。
09/05/02