スパゲッティの食べ方 喫茶店のマスター× 苦学生
左近は熱々出来立てのナポリタンを、大急ぎで口の中に掻き込む幸村の姿を、頬杖をしながら眺めている。既に四時も過ぎて、書き入れ時を終えた今、店内の客もまばらである。暇を持て余した左近は、常連の食べっぷりに、呆れ半分感心半分の気持ちで見守っている。
幸村はこの喫茶店近くの大学に通う学生だが、親からの仕送りに頼らぬ生活をしているせいで、いつも金銭的にギリギリだ。学業の合間にバイトバイトバイトの生活で、それでも学費と食費、ボロアパートの家賃を払うのがやっとなのだ。
数年前上京した左近は、色々な職を点々としたものの、今は喫茶店経営者として落ち着いている。幸村とは、上京する前に暮らしていた町の道場に通っていた時の知り合いだ。同じ門下生として数年を共に過ごしたものの、行き先を告げる程親しかったわけでもない。だが偶然とは分からないもので、先日、この都会で再会することとなった。それ以来、少しばかり懐に余裕がある時は、幸村が左近の店で一番安いメニューを頼むことが恒例となっていた。何度か、奢ってやろうとも言ったのだが、幸村は頑なにそれを拒んでいる。遠慮ばかりして大人に頼ることを知らないところなどは、当時のままだ。昔はそれでも可愛げがあったが、下手な日本語を知ってしまった彼の意地っ張りには、可愛げの欠片もなくなっていた。
そうこうしている内に、皿の中のナポリタンはほとんどなくなっていた。箸の使い方ばかりが達者な幸村は、決してスパゲッティをフォークでは食べない。そもそも、純和風な家柄である幸村は、そういった洋食を食べ慣れていないようだ。皿の上には麺が姿を消しているにも関わらず、そうたくさんはないはずの具がごろごろと転がっている。どうやらバランスよく食べることも苦手なようだ。ただマナーだけは知っているのか、箸で食べていても、スパゲッティを啜るような音はしない。
もう少しで食べ終わる幸村のタイミングを見計らって、左近は重い腰を上げた。ごちそうさまでした、と手を合わせた幸村の正面にどかりと座り込んで、ほれ、とクリームソーダの差し入れだ。道場に居た頃、一度だけ一緒に食事に行ったことがあるが、その時、幸村が注文したのはクリームソーダだった。あの嬉しそうな顔は中々忘れられるものではない。
幸村は思わず顔を綻ばせたが、すぐに表情を引き締めて、「頼んでませんよ。」とつき返した。一瞬の顔の緩みを見てしまった左近は、こちらもつい口許が緩んでしまう。笑いを噛み殺しながら、
「俺の気まぐれだよ。いつも売り上げに貢献してくれてありがとさん、って意味だ。」
と、もう一度ずいと彼の目の前に、クリームソーダを差し出す。ソーダがしゅわしゅわと音を立てている。幸村はクリームソーダと左近を交互に睨みつけていたが、誘惑に負けたのか、すごすごとそれを受け取り、上に乗っているバニラアイスを口に含んだ。
ありがとうございます…、と消え入りそうな声で礼を述べた幸村は、左近に極力目をやらないように、再び一心にクリームソーダの攻略へとかかった。何だ、まだ可愛げが残ってるじゃないか、と左近は内心笑い声を上げながら、わしわしと幸村の頭を撫でるのだった。
私がクリームソーダが好きなだけです。
09/05/06