金色に光るものが今 マジシャン×ニート


 信繁はぼんやりと液晶画面を眺めている。超高級マンションの最上階、畳何枚分かあろうかという大画面のテレビから流れている情報は、信繁の心を静かに震わせた。
 信繁は俗に言うニートである。自覚もある。大学を卒業したその日に、このマンションの主である政宗に誘拐された。だが誘拐されたというのは信繁だけの見識らしく、周りとしては政宗の家に住まわせてもらっている状態らしい。伊達政宗という男とは、卒業式の帰りに初めて会った、はずである。俳優以上に整った顔立ちは、おそらく一度会ったら忘れないだろう。であるから、信繁としては初対面の人間に、出会い頭に告白をされ(もちろん、伊達政宗も己もれっきとした男である)、そのまま腕を掴まれ高級外車に放り込まれ、この超高級マンションまで連れてこられたのである。今思い返しても、全くの意味不明だ。一体己は何の事件に巻き込まれてしまったのだろう。そう思い助けを待っているのだが、一向にそんな様子はない。ニュースを見ても己が誘拐されたという報道は未だされていない。持っていた携帯電話は未だに信繁のポケットに収まったままだから、誘拐ではないのかもしれない。帰ろうと思えば、帰ることは容易いのだ。身体は全く拘束されておらず、更には自由に使ってくれ、とゴールドカードがテーブルの上にずらりと並べられている。おそらく、信繁がどんなに頭を使って買い物をしても、このカード達が破産することはないだろう。

 信繁はニートである。ニートである己に不満はないのかと言えばそうでもないのだが、存外に今の生活は楽なのだ。信繁はどうも人付き合いが苦手で、出来ることなら会社勤めをしなくても良い職業に就きたいと思っていた。出来る限り、卒業前に職を探したかったが、選り好みしている内に、あっと言う間に大学生という職を失った。しばらくはバイト生活で繋いでいようと決意した矢先の出来事だったのだ。
 世の中なるようにしかならない、と思っている信繁は、見事に今の生活に流されていた。買い物はすべて他人のお金、身の回りの世話は政宗の御付の人が何やかやとお節介を焼いてくれて、信繁は勝手に金持ちになったような気分を味わっていた。彼らはよく教育されていて、信繁がノーと言ったことには今後一切手を出さない。居候の身でありながら、信繁の人格がしっかりと保証されている部分も魅力なのだ。

 政宗はここ数年で名前が売れ出したマジシャンである。信繁にとって、マジシャンなど詐欺師ペテン師と同じようなものだ。何をとっても胡散臭い。もちろん、政宗自身も相当に胡散臭い。確かに容姿は整っている。顔の造形から、スタイルから、憎らしいとしか言いようがない。そんな男が、何故己のようなパッとしない男に惹かれたのか、信繁はとんと見当がつかない。今も大画面で映し出されている政宗の顔のアップは、どれだけ世の女性の視線を独り占めしていることだろうか。俳優以上のルックスと、マジシャンとしての実力を兼ね揃えた男の何が、己を見出したのだろうか。
 政宗のマジックは、いつだってド派手だ。演出は大袈裟なBGMを用いて、ライトアップも色取り取り、用意する小道具だって金銀が随所に散りばめられていて、照明の光を反射させて、時折キラキラと輝いている。生来の派手好きなのだろう。服装も言い回しも、まさに伊達男としか形容できない。そんな男が、なぜ何のとりえもない、地味な己に手を差し伸べたのか。考えれば考える程、彼の好みに程遠いように思えて仕方がない。

 この興行が終われば、一度は彼もこの家に帰ってくるだろう。そうして、己には相応しくない美辞麗句で口説きとおすに違いないのだ。帰ってくるなり信繁を抱き締めて、ただいまと同時にキスをせがむに決まっているのだ。ちなみに信繁は、まだ一度として彼とキスをしたことはない。変なところでフェミニストらしい彼は、決して信繁に無理強いをしない。それもまた、分からないのだ。必死になって信繁を口説き機嫌をとる彼。一体己といて、何が楽しいのか。

(ああ、悔しい。)
 信繁は己の頭の回転に自信があった。そこら辺にいる同世代の人間よりは、そこそこに頭の出来が良いのだとの自負もあった。だからこそ、分からないものがある、というのはそれだけで悔しい。悔しい悔しい。彼のおもちゃになっているようだ。
 信繁は彼をぎゃふんと言わせる不意打ちを考えながら、画面いっぱいに映る政宗をじっと見つめるのだった。
 とりあえず、抱きついてきた彼を抱き締め返すところから始めようか。











色々詰め込みすぎたらひどいことになった。
09/05/06