涙腺は強いはずだった 生徒+教師×教師
その日、校内には涙を流す生徒が後を絶たなかった。この学校に転任して、既に三年ほど経っただろう信繁が、結婚の為に教師を辞めることになったからだ。相手はとある実業家で、高校の同級生でもあるらしい。何年もの交際を経てのゴールイン。信繁はあっさりと家庭に入ることを決意した。
おめでたい話ではあるが、生徒に絶大な人気があった信繁の退職に悲しまない生徒はいない。授業は分かりやすいと評判だったし、また生徒想いの情に篤い教師であった。立ち居振る舞いもどこか品があり、どんなこともそつなくこなすが、同時に、どこか抜けたところもあって、そのギャップが可愛いと親近感を抱かせ、生徒たちばかりではなく、同じ職場に勤める教師たちにも人気は高かった。
秀康は信繁のクラスの担任ではなかったが、信繁の受け持っている授業を選択していた。他クラスでも信繁の人気は高かった。クラスメイト達は、最後に信繁に声をかけてこようと、集まって職員室へと向かった。秀康もその輪の中に入ることができたのであればどれだけ楽だったろう。秀康は、誘われたにも関わらず断ってしまったのだ。秀康が信繁に抱いていた感情は、彼らのような憧れではなかったからだ。焦燥である。秀康は信繁に恋をしていた。初恋であった。
ぽつりと教室に取り残された秀康は、自分の机に突っ伏している。初恋とは実らぬもの、とは聞いていたが、今はそんな言葉は気休めにもならず、涙が出るのを必死で押さえ込まなければならなかった。
がらがらと教室の扉が開いて、誰かが入ってくる気配を感じた。傷心の秀康はそのことに気付いていたが、とても顔を上げる気になれず、無視を決め付けた。
「真田先生と別れを惜しむ為に今日の部活は休みにしたんだぞー。暇なら部活に来い。失恋には身体を動かすのが一番だ。」
誰にも打ち明けていないはずの事実を突きつけられて、秀康は咄嗟に顔を上げた。目の前にはジャージ姿の立花宗茂が立っていた。秀康が所属する部活の顧問であり、担任でもある。信繁とは学年の主任・副主任の立場から接点も多く、職員室では仲良く談笑している姿がよく見られた。
「そう言うせんせは、真田先生に挨拶してこなくていいんですか。」
「俺はもう済ませた。というか、これ以上は勘ぐられる、というか、未練がましいだろう。」
は?と呆け顔を作った秀康に、これは俺とお前だけの秘密だ!と、隣りに並ばれてガッと肩を組まれてしまった。
「失恋した者同士、仲良くしようじゃないか。とりあえず、これから部活に来い。組み手に付き合え。ほれほれ泣くな。その涙は、今度の県大会に優勝した時のうれし泣きにとっておけ。」
宗茂は強引に秀康を立たせ、秀康の背を叩いた。驚いて引っ込んだ涙が、唐突にぶり返してきた。ああ、今、この先生と自分とは同じ悲しみと悼みを感じているのだ。秀康は乱暴に涙を拭って、「せんせと一緒にしないでください。俺がうれし泣きするのは、全国大会で優勝した時ですよ。それに、結局、俺はせんせの憂さ晴らしに付き合わされるだけじゃないですか。」と抗議した。それに宗茂は、爽やかに大声で笑いながら、気にするな!と更に大きな声で秀康の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「ああ、ちなみに、県大会には真田先生も来て下さるそうだ。ほら、俄然やる気が出てきただろう?」
恋の繊細さを理解しているのかしていないのか、よく分からない宗茂の言葉に、秀康は返す言葉が咄嗟に見つからないのだった。
二人にする必要はなかったかもしれないけど、無性に書いてみたかったので。
信繁さんは誰と結婚するんでしょうかね?無難なところで、伊達さんですかね?
同性?このパラレルでは、同性婚が法律で認められてるんですよ<んな無茶な。
09/05/06