きりきりと、そんな幸せ 工事現場の兄ちゃん×エリートサラリーマン


 幸村が慶次と知り合ったのは、深夜のコンビニの前だった。残業を終え、そろそろ日付も変わろうかと言う時間で、空腹を通り過ぎた腹に、何か入れるものを求めて立ち寄った先であった。幸村は身長はあるものの、着ている上質なスーツのせいでどうにも優男の印象が拭えず、先々でカモ(・・)にされることも珍しくはない。その日も運悪くガラの悪い数人の男に囲まれて、幸村は心底困っていた。疲れているのだ、早く帰りたい。もう食べるものなどいらないから、さっさと解放してくれ、と不満が表面に出ていたのか、連中のリーダー格らしき男が、幸村に向かって罵声を浴びせかけた。ああこんな深夜にご近所迷惑も甚だしい、と幸村はこっそりと焦っていた。見た目は優男でも、幸村は空手に柔道、合気道に剣道などなど、一通りの武術を身に付けていたから、こんなチンピラの十人や二十人は屁でもない。お店に迷惑がかからない方法を模索して、幸村は困惑しつつも辺りを見回した、その時である。
 場は第三者の介入で、いとも容易く収拾した。前田慶次と名乗ったその大男が声をかければ、文字通り、蜘蛛の子を散らすように男たちは去って行った。あまりの逃げ足の早さに幸村がぽかんとしていると、慶次がぽんと幸村の肩に手を置き、怪我はないかい?と顔を覗き込んだ。幸村はこうして慶次と出会った。
 その後、何故だか家まで送ってくれるという慶次の申し出に、幸村も最初は断っていたのだが、結局押し切られてそう遠くもないマンションまで行動を共にした。慶次は話し上手で、あまり初対面の人間と会話がスムーズに行えぬ幸村から、うまく言葉を引き出していた。その会話の中で幸村は慶次の職業を知り、割とその日暮らしに近い生活を送っていることも教えてもらった。それならば一度食事でも、何でしたら今から家に来て何か食べていきませんか?と執拗に誘えば、慶次も困った顔で、そんな大層なことはしていないからいい、と断っていたのだが、今度は幸村も引き下がらずに約束を取り付けることに成功した。その日はマンションの入り口で携帯のアドレスを交換して別れた。その日以来、何気なく休日に連絡を取り合ったりしている二人なのだ。

 慶次を自宅に入れることは、今日が初めてではない。幸村は鍋の準備をしながら、ちらちらと時計を見上げている。慶次はいつも時間通りに訪ねて来るから、あと数分もしないうちにインターフォンが鳴ることだろう。二人分にしては多目の食材をテーブルの上に並べながら、幸村は準備を進めた。
 程なく、インターフォンが鳴り、一升瓶を片手に慶次が姿を現した。数回の食事で、お互い無類の酒好きであることが判明している。特に幸村は、周りに最後まで付き合えるような酒豪もいなかっただけに、慶次と呑み合える夜はそれはそれは楽しみで仕方がないのだ。

 食事を終え、気分よくアルコールが回り始めた頃だ。慶次は言いにくそうに口を開いた。
「あんたとこうして食事するのも、今日が最後なんだ。」
 幸村は咄嗟に言われたことが理解できず、え?と呆けた顔を慶次に向けた。けれども慶次はそんな幸村を笑わずに、真剣な表情を作った。
「中東の方に、行こうと思ってる。これは俺の昔からの夢でねぇ、ようやくそれが叶いそうなんだ。」
「……羨ましいです。」
「ん?」
「私、夢とか未だになくって。今の会社にだって、流れに任せて入社したようなものですし。」
「そうかい。」
 しんみりとした空気が流れる。どうも酒が入ると、人はいつもより感情豊かになるらしい。最近は残業ばかりの多忙な生活を送っていた幸村にとって、夢に向かって走る慶次の姿はとてもキラキラした、美しいものに思えた。じわりと涙が浮かぶ。
「…私もご一緒しては、迷惑でしょうか。」
 慶次は幸村の纏う空気の変化に敏感に気付いたようで、優しく背を撫でながら、
「俺は馬鹿だから、あんたの言葉を真に受けちまうよ。本気なら、俺は大歓迎だが、勢いで言ったのならちゃんと考えた方がいい。今の生活を棒に振ることになるんだぞ。」
 ええ、ええ、そうですね、そうです。私が浅はかでした、すいません。幸村の語尾は段々と弱々しくなり、しまいにはこてり、と慶次にもたれ掛かってしまった。どうやら眠ってしまったようだ。慶次は彼を起こさないようにひっそりとため息を吐きながら、彼の睫を濡らしている涙を、そっと掬い取るのだった。











この後、幸村は大急ぎで会社の引継ぎを済ませて、家族にだけ連絡を入れて、慶次と駆け落ちします。とか書いてみたり。
駆け落ちネタが好きです、すいません。
09/05/06