『遣らずの雨』


「随分と、あんたも有名になっちまったなあ」
「はあ。わたしなどより、左近どのの方が顔が広いと思いますが」

 幸村の働き場は戦場だ。槍を持たせれば一騎当千、兵を率いらせれば一つの刃先となって敵を屠る。幸村の評価は大体がそんな様子で、兵の編成だとか、兵糧の手配だとか、そういった類のもののを押し付けられがちな左近とは働く場所が異なっていたはずなのだが、ここ最近では、そういった雑務の手に借り出されることも、ままあった。今も、そういった厄介事のお使いで、左近の許を訪れている。当初は人手不足の気があった討伐軍だが、大所帯となった今、そういった雑務を得意分野とする者も多く集まり、餅は餅屋状態ではあるのだ。特に左近の主である三成は、そういった面倒事を好む性質であるから、この世界であっても色々と仕事を背負い込んでいる。
 幸村自身は、槍働きしか出来ぬ粗忽者、と己を卑下するが、武田の英才教育によって培われた能力は、決してそうではないのだ。それを知る者が少しずつ増えていることを言ったのだが、やはり幸村には通じなかったようだ。

「この軍の面々も、あんたの使い方が分かってきたと思ってなあ」
「このような使い、誰でも出来ますよ」

 それでは、と今にも言い出しそうな幸村に、まるで引き止めるかのように言葉を続けた。この男が正しく評価され始めたことに喜ぶ反面、これの使い勝手は俺が一番知っている、と誰に言うでもなく思った。思って、幼稚な独占欲に心の中で笑ってしまった。この男は、簡単に人の心にするりと入り込んでしまえる巧妙さと稚拙さがある。それに一々動揺していては、名軍師の名折れだ。
「じゃあついでに、少し雑談に付き合ってくれ。あんたの意見は参考になるんでね」











12/01/14