『惜しみなく愛は奪う』


 夢を見たのだ。おぞましい夢だった。夢の内容が、ではない。その夢を見てしまった己が、その夢に欲情している己が、だ。くそっ、と小さく声をこぼせば、丁度良く(政宗にとっては最悪としか言いようがないが)、どうかなさいましたか、と訊ねる声があった。討伐軍には多くの人間がおり、中には一度も話をしたことがない者もいるが、この者の声だけは決して聞き間違えぬ自信があった。なにより、先まで夢に出ていた張本人だ。忘れろという方が無理な話だ。この男は、いっそえげつない戦振りを見せるというのに、平素の声の調子は穏やかで柔らかい。こちらを気遣う声音には、いっそこちらが情けなくなる程の温もりがあった。そういったもの全てを手に入れたくてたまらない己が、政宗は厭だった。

「どうもせぬ。貴様もさっさと寝ろ、―――幸村」
「政宗どのでしたか。失礼。この暗闇で、どなたかも分かりませんでしたので。何か気になる夢でも見られたので?わたしで良ければ、話し相手になりますが」
 幸村は夜目が利かないのだと、昔に聞いたことがあった。真っ暗な中にも、天幕から薄っすら漏れる明かりがある。じっと目が慣れるのを待っていれば、かろうじて物の輪郭程度が政宗にも分かるようになるが、幸村にはそういったことが出来ぬらしいのだ。
 どうにも、夢に捉われている。政宗は夢の名残を振り払うように首を振って、
「不要じゃ。さっさと寝ろと言うたじゃろう。わしもすぐに寝る。あと、夢など見ておらん。ああいったものを見る輩は、己に迷いがある故じゃ」
 はぁ、と相槌なのか呼気を吐き出したのか分からぬ音が漏れた。政宗の心が騒ぐ。この男は、呆れる程に無防備で、感心する程に鉄壁だった。従わせたい、屈服させたい、この男を形作っている悉くを己のものにしたくてたまらない。そういった願望を、政宗は持っている。そういう風にしか愛でることを知らないのだ。相手のすべてが欲しい、己の知らないことはそれすなわち無いのと同義だ。全てを奪って奪い尽くして、相手の悉くを暴いてしまいたい。
 それではいかぬ、とは知っている。そういう風にしか愛でられぬのは、美しい花を手折るようなものなのだ。それは、いかぬ。それでは、政宗の愛でるべき美が失われてしまう。けれども、欲しい、奪ってしまいたい。この男の呼気も心も戦の熱も、全て己の所有物にしたい。
(これは、わしのものにはならぬ。なってはくれぬ。否や、なってはならぬものなのだ)
 政宗はそう言ってごろりと寝転がった。幸村はどうしているだろう。彼もまた目を閉じたのだろうか。本当は、誰の目にも触れられぬように、閉じ込めておきたいのだ。誰もが幸村という存在を忘れてしまえばいいのだ。己だけが、覚えていれば、それで良いのだ。

「おい。まだ起きておるか」
 空気が動いたような気配があった。政宗は彼が返事を寄越す前に、更に言葉を続けた。頭に居座るこの亡霊を振り払うには、この手段が一番なのだ。彼は、己では狩り尽くせないのだから。
「明日、手合わせに付き合え。加減はするなよ」
 はい、承知しました。そう柔らかく頷いた幸村の声を、政宗は夢の世界に片足を突っ込んだ意識の中で聞いた。きっとこれで、幸村を殺す夢はみない。











『愛の表現は惜みなく与えるだろう。然し愛の本体は惜みなく奪うものだ。』
いつかこういうことがちゃんと表現できるようになりたい。

12/01/16