関ヶ原の戦から早数ヶ月。左近と幸村は見事結ばれた。戦明けの暗い空気を払うよう、豊臣夫婦のたって願いもあり、式は盛大なものであった。豊臣家直臣ではない二人であったが、その席には豊臣夫婦の姿もあった。異例のことと言えるだろう。
関ヶ原後の措置は、秀吉の寛大な配慮もあり、特に変わりをみせなかった。西軍と東軍とにが分かれて戦ったが、誰もが豊臣家の将来、そして天下の行く末を案じての戦であった為、秀吉は誰も咎めようとはしなかった。その前哨戦、そして関ヶ原の戦では多くの人が亡くなったが、秀吉は遺族へ多大なる慰謝料を払い、御家を安堵し、何とか禍根を残さぬよう尽力した。人の心までは癒さすことは出来ぬが、表面上はどの将に対しても平等であったであろう。また、秀吉自身も大坂城へと戻り、政の先頭に立っていた。秀吉が亡くなる前と同じような体制が、再び戻ってきたのだ。確かに、関ヶ原での傷跡は深い。だがこれを癒すのも、天下人たる秀吉の役目であろう。その隣りには常にねねの姿もあった。まだまだ豊臣の世は続くのである。
さて、蛇足であるが、関ヶ原の戦いの後の話である。
怪我人ばかりの三成の本陣に、こそこそと中の様子を伺う三つの影があった。ねねを筆頭に、兼続、三成の姿である。ねねは秀吉も共にと思っていたのだが、多くの将に囲まれそれ所ではなかった。仕方なく、三人であの二人の様子を伺いに来たのである。
「おねね様、俺の陣に幸村が居るとでも言うんですか?一体何の為に?」
「こら三成!もう少し静かになさい。見つかっちゃうよ。」
「見つかるも何も、俺の家臣ばかりですから、見つかっても問題は、」
「ん?何やら話し声が聞こえるぞ。」
声は陣の奥から聞こえていた。既に秀頼も輝元も場所を移している。中に居るのは怪我で動けぬ左近だけであろう。
「待て。幸村の声もする。」
「幸村が左近に何の用だ?」
「さて、分からぬが、何やら良い雰囲気ではないか?」
色恋沙汰には、どこか女官のような好奇心のある兼続である。ねねと顔を見合わせては、にやにやと中の声に耳を澄ませている。三成は理解できぬ生き物を見るように二人を見、小さくため息を吐き出した。
「ん〜声が聞き取りにくいね。ちょ〜っと覗いちゃおうか!」
「それは妙案!では早速。」
言うや早い。陣幕の間からこっそりと中を覗いた。と同時に、二人は小さく声を上げた。何とも楽しげな、嬉しげな声であったから、三成も二人に倣い中を覗き見た。瞬間、思考が止まった。左近と幸村が接吻を交わしていたからである。三成は見てはいけないものを見た、とふらふらと後ずさったが、その拍子に兼続の足につまずいてしまった。陣幕を巻き込んで、盛大にすっ転んだのである。倒れる陣幕に引き摺られるように、兼続、ねねも運命を共にした。土埃を上げて仲良く三人が倒れ込んだのである。
左近と幸村は突然のことに驚いたが、幸村は顔を赤くしながらも左近から離れ、三人に視線を向けた。左近も、まずいところを目撃されてしまった、と内心肩を竦めた。
「ね、ねね様、兼続どの、三成どの、い、いつからそちらに、」
訊かなくとも良いものを、と左近は心の中で頭を抱えるものの、一番に身体を起こした兼続が、にんまりと楽しそうに微笑んでから告げた。こういった表情を浮かべる兼続は、良い発言をしたことがない。
「二人が愛を交わすところから、ばっちりだぞ!」
幸村はこれ以上赤くなれぬであろう、という程に顔を赤くし、照れ隠しをする為に顔を伏せた。他人に見られたことが火が出るように恥ずかしかったせいである。
「なになに?二人はそういう仲になってたの、なっちゃったの?」
「まあ、たった今と言うか、なってたと言うか、」
「さ、左近どの!」
「と言うわけで、幸村は俺が頂きますんで。すいませんねぇ、お二人さん。」
先程まで昏睡していた人物とは思えぬ力で幸村は抱き寄せられた。幸村は抵抗しようとも考えたが、左近の言葉が嘘というわけでもあるまい。恥ずかしくて顔を上げられなかったのも原因の一つだろう。
「そ、そういうわけですので、わたしは左近どのと一緒になります、」
きゃあとねねが黄色い声を上げ、浮き浮きとした様子で二人を交互に眺めている。
「これは早くあの人に伝えないと!ううんみんなに伝えてあげないと!大坂に戻ったら、まずは婚儀だね!あー楽しみ!」
ねねの言葉にますます顔を上げられなくなった幸村。追い討ちをかけるように、兼続は先程の笑みのまま更に言葉を発した。
「だがな島どの、婚前交渉は不義だから避けるように!」
ホント、ろくな発言しないなあこの人は。左近は苦笑しながらも、まあ努力しますよ、と冗談半分で返したものだから、今まで沈黙を保っていた、むしろ呆然としていた三成から、鉄扇が飛んできたのだった。