一、神は居留守がうまい


「幸ちゃん。」
 幸村は声がした方へと視線を向けた。呼ばれたとは思わなかったが、咄嗟に声がした方へと意識を向けてしまったのだ。視線の先には、ねねの姿があった。ここは名護屋である。ねねは本来ならここに居るべき人物ではない。
「お、おねねさま、どうしてここに、」
「みんなが心配でね、来ちゃった。」
 ぺろりと舌を出しながら、ねねは笑った。
「あとね、幸ちゃんにもお礼がしたかったから。急に思い立ってね、どうしても言いたくて仕方がなかったから、飛び出して来ちゃった。」

「三成と仲良くしてくれてありがとう。あの子のことを、幸村、お前は本当によく分かってくれてるから、あたしは本当に嬉しいの。でもね、あの子に全部捧げちゃ駄目だよ。そんなことしちゃ、お前の身が滅んでしまうよ。」
「私が、したくてしているのです。誰かに強制されているわけではありません。」
「うん、知ってるよぉ。」
 ねねはそう言いながら、幸村の間合へするりと滑り込み、幸村の顔を覗き込んだ。

「でもね、あの子の為に、あの子の傲慢な清廉さの為に、お前が犠牲になるのは見るに耐えないから。あたしはね、幸村。見捨てることとか、見限ることとかはね、裏切りじゃないと思うの。だからね幸村、お前の生きたいように生きることをあたしは止めないけど、ただ言葉に縋るのだけはおよし。」

「それだけは、聞けません。と、言ったらどうしますか。」
 幸村の眸をじっと見つめているねねが、破顔した。嬉しそうに笑っているが、どこか悲しそうでもあった。きっと幸村には見えない未来が、この人の眸にはありありと浮かんでいるのだろう、そうさせない為の忠告なのだろう。けれど幸村は、三成を見捨てることも見限ることもできないのだ。
「三成は、いい友達を持ったね。」
 止めることの出来ぬ自分が果たして良い友なのか、幸村は判断に困ったが、ねねが心底嬉しそうに幸村の頭を撫でるものだから、ありがとうございます、としか言えなかった。いつかの日、きっと私はこの日の穏やかさに眩しさを覚えるのだろう。