幸村と武蔵(と穴山小助)
九度山に帰還し、出迎えの面々に武蔵を紹介する中、一人渋い顔をしている人物が居た。外見は違うものの、話し方や間の開け方、些細な表情や咄嗟の仕草まで幸村に瓜二つ・穴山小助であった。小助は幸村と全く区別のつかない、にこやかな笑みを武蔵に向けたかと思えば、眉端を吊り上げて主である幸村へと向き直った。
「…客間など、この家にはありませんよ」
そう冷ややかに、幸村に向かって吐き出した。幸村は、おやこれはしまった、と苦笑い。どうやら、この主従に限っては、このやり取りは別段珍しいものではないようだ。
「いつもいつも、口をすっぱくして言っているではありませんか。何故そのように、向こう見ずなのですか?少し立ち止まって考えれば、分かることではありませんか」
小助のちくちくとした小言も、幸村はどこ吹く風。ああすまない、次は気をつける、といかにも反省した様子がない。じと目で主をねめ付けていた小助だが、はぁ仕方ありません、と諦めの深いため息を吐き出した。他の面々の表情を見るに、ここまでが彼らの中での一定の流れのようだ。間に挟まれた武蔵は、さてどうするべきだろうか、と幸村の顔をちらりとのぞいた。山を下りるには、もう陽が暮れてしまっている。
「困ったなぁ。どうしようか小助」
「知りませんよ。ご自分で考えてください」
冷たいものだ、と顔に笑みを浮かべながら、幸村も武蔵を見た。丁度眸が合って、咄嗟に互いが微笑み合った。幸村は、ああそうだ!と手を打つ。
「わたしの部屋で一緒に寝るというのはどうだろうか。ああでも、剣豪というのは気配に敏いのだったな。眠るときまで他人が側に居ては、休めるものも休めぬか?」
そう、幸村が問う。質素な生活を送っているとは言え、大名家に招待されたのだ。本来ならば考えられぬ問いだったが、幸か不幸か、武蔵はそういった礼儀作法には頓着せぬ性質だった。武蔵の思いとは別に、小助はそれだけは避けねばならぬ理由があった。主との同室に頑固反対・大揉めに揉める爆弾を、この庵では飼っているからだ。
そんな小助の思いなど知らぬ武蔵は、九度山までの旅路を振り返って、はて、と思考を深める。そう言えば、他人の気配が常に側にあったというのに、不快になることはなかった。
小助が、「あの!」と声を発したが、それよりもわずかに早く、武蔵が言い放った。重なった声は武蔵に軍配が上がった。
「そうでもないぜ。あんたの気配は、そう、うん、何て言うか、困らない」
嫌そうな素振りすら見せぬ武蔵の返答に、幸村はそうかそうか!と諸手を挙げて喜んだ。では、早速準備をしなければ!と小助に言いつけようと彼の顔を覗き込んだ幸村だったが、彼の不満そうな顔には当然気付いていたものの、その中身までは分からずに微笑一つでさらりと流してしまった。
結果、彼らがこの九度山を後にするまで、客人・武蔵の寝泊り場所は幸村の部屋から変わることはなかった。
***
とりあえず、軽いジョブから。
幸村と武蔵(と十勇士の三人)
武蔵は、幸村に誘われて庵の周りをぶらりと歩いている。彼らが寝泊りしている(驚くことに、幸村はたった十人の家臣たちと暮らしているのだ)庵は、一見、こじんまりとしている。その中には、綺麗に使われてる台所や居間、幸村の自室や家臣たちの部屋まで完備しているのだが、見た目では一切分からない。この庵を囲んでいる木々も、不思議と言えばそうだ。縁側から庭を眺めるのが好きらしい幸村は、よく庭先の様子を眺めているのだが、素人目、どうしても雑草が生い茂っているだけの庭に見える。手もろくに入れられていない風なのだが、丁度良く木々が邪魔をして中の様子を見えなくしていたり、隠れやすくなっていたりする。もしや、全てが計算されているのではないか、とすら思えてくるのだ。武蔵はそんな木々を眺めながら、時折、幸村の話に相槌を打つ。お互い、あまり口数が多くはなかったが、沈黙が気まずくなることはなかった。
ふっと、何かを感じて武蔵は左右に首を振った。しかし、視線を移した先には、青々とした木々が茂っているほか、何もない。今度は首筋にちくりとした痛みが走って、蚊だろうかと思いながら、パチリと軽くその箇所を叩いた。指先で刺された痕を探ってみたものの、それらしいふくらみはなかった。意外にも大きく響いた手の平の音に、虫かと思ったんだけど、っていうか、刺されてねぇ?と幸村に首を見せたのだが、幸村はひどく楽しげに、
「しばらくは落ち着かぬだろうが、我慢してくれ。皆が慣れるまでの辛抱だ」
と言う。その後に、どこも刺されていないぞ、と武蔵への返事をくれた。幸村の表情があまりにもこざっぱりとしたものだったせいで、武蔵もさらりと彼の言葉を流してしまいそうになったが、もう一度彼の言葉を己の中で繰り返すと、どうも分からない部分が残った。
「、みな?慣れるまで、って?」
「ああ、それは、」
言いかけた幸村だったが、言葉よりも先に彼の手が武蔵の腕を掴んで、ぐいと引き寄せた。咄嗟のことに武蔵の身体が傾いて、幸村へと体重がかかる。その間に、武蔵のすぐ目の前を、茶色のような黒いような小さな物体が高速で飛んで行った。幸村が腕を引かなければ、確実に己の横っ面に当たっていただろう。幸村は武蔵の身体を受け止めつつ、小さく息を吐いた。至近距離で見つめる幸村の横顔には、珍しく呆れた表情が浮かんでいた。
「佐助、風穴を開けるつもりか、どんぐりは禁止だ。六郎、才蔵、息が苦しい、少し加減せよ」
幸村は確かにそう呼びかけたが、周りを見回しても二人以外の人影はなかった。武蔵はようやく体勢を整えてから、
「お前んとこの忍びか?」
と当たり障りなく訊ねた。幸村の家臣は約半数は忍び働きをするらしいからだ。しかし幸村は、いや、と首を振った。彼の声には、ひどく温かな優しい色が宿っていた。
「家族だ」
(うっわ、六郎さんに才蔵さん、どうしたの?顔赤いよ?佐助はたった今、僕の横を全速力で走っていくし。一体何なの?)
茂みの向こうから、望月六郎の声が二人のもとにまで届いた。あれで忍び働きできんのか?と頬を掻いた武蔵に、可愛いだろう、と本当にそう思っているらしい幸村の声が重なった。
***
十勇士2〜3人が同部屋。他に、隠し部屋が多数あります。詳細は不明だ!