幸村と武蔵(大坂からお使いの人がやってきました)



 大坂からの使者を見送っていた幸村の背後で、空気がゆっくりと動いた。幸村は振り返り様、武蔵、と彼の名を呼んだ。別段、隠すことではないはずなのだが、大坂の使者には武蔵の存在を告げることはなかった。ただの客人なのだし、と幸村は己の中で言い訳を唱えてみたものの、我ながら誤魔化そうとしていることに気付かないわけにはいかなかった。
「大坂の偉い様は帰ったか?」
「ああ、今、才蔵と六郎が護衛についている。おそらく、大丈夫だろう」
 見張りの役割をしている浅野家に見つからぬ為の措置なのだが、武蔵にとっては考えにも及ばなかったようで、あ、ああ、そうか、と気のない返事をよこした。

 場所を移動して、縁側でお茶を飲んでいる。幸村の一日は、こういった、縁側でのんびりする時間が長い。場所が場所なだけでに若隠居のように見えてしまうが、幸村の空気には穏やかなこの時間が似合っていた。だからこそ、鍛錬をする姿を知っている武蔵ですら、この男があの真田幸村で、関ヶ原の折には徳川軍を上田の城で足止めした事実を忘れてしまう。
「そう言えば、」
 と、幸村が会話の糸口を開いた。
「使いの方の話では、秀頼さまがそなたを探しているとか」
「俺を?そりゃまたなんで?」
 幸村は苦笑して、
「先の京での一件で、清正どのに見込まれただろう?御仁はもう亡くなられたが、秀頼さまによく説いていらっしゃったようだ。いざと言う時に頼りになるのは、宮本武蔵のように武人だと」
 そう言ってから、一口茶を啜った。武蔵はふぅんと相槌を打って、
「んなに頼りにされてんなら、一回顔でも出しとくかな」
 と、まるで友に会いに行くような気楽さで言った。
「仕えるのは、嫌なのではないのか?行くというのは、そういうことだぞ」
 んー、と考える素振りを見せた武蔵は、その場で大きな伸びをして、難しいことは分かんねぇよ、と笑った。無邪気な笑みに、幸村はすっと目を細めた。
「嫌っつぅのは、俺のわがままだろ?あの場で清正さんにも頼まれてるし、無碍には出来ねぇよ」
 そうか、と幸村は静かに言葉を添えたが、のぞき見るように武蔵が幸村の様子を窺えば、彼は目を伏せて湯のみに視線を落としてしまっていた。武蔵の言葉が気に入らぬ様子ではあったものの、武蔵はそれを問うことが出来ず、誤魔化すように彼の動作を真似たのだった。





***
最後だけ、ちょっと不穏。