三成を送り届け広間へと戻っても、場は二人の不在など知らなかったように変わらず賑わっていた。とりあえず、部屋の隅に腰を落ち着けた幸村だったが、すぐに杯と徳利を持った政宗が隣りにやってきた。無言で杯の一つを差し出した政宗に幸村も応えて、受け取るついでに注いでくれた酒を一気に煽った。
「随分と長かったではないか。このまま帰ってこぬかと思ったぞ」
 政宗も杯に口をつけながら不機嫌そうにそう言ったが、幸村はそうでしたか?ととぼけた。場の熱気で火照っていた頬が冷えるぐらいだから、長居をしていた自覚はあったが、それを言う気にはなれなかったからだ。幸村の返答に、やはり不機嫌そうに口をへの字に曲げていたが、彼の不機嫌の中身までは幸村も覚ることができなかっただろう。
 三成と何を話した、何故こんなに長くなった。聞けば教えてくれるだろうか。いや幸村のことだ、綺麗にすっとぼけるに違いない。酒の回った三成と二人きりで、お前は奴と何を語らった。聞いてしまいたいが、それを問うには己の矜持が邪魔をする。
 黙り込んでしまった政宗をよそに、幸村は政宗が持ってきてくれた徳利をさり気なく奪い取って、手酌で一人酒を楽しんでいた。ねねが用意してくれた酒は上質でおいしい。ちょっと甘みが強いのは、呑みやすいようにと彼女なりに考えてくれたからだろう。どちらかと言えば、辛口の、焼けるように強い酒が好きな幸村にとっては、水のようにするすると喉を通る。

「幸村」
 と、再び声をかけられ、幸村とその隣りに居る政宗は顔を上げた。清正が見下ろしている。立ち位置だけで、こんなにも人に威圧感をかけられる人というのも珍しい、と幸村は失礼なことを考えたが表情には出さなかった。
「すまなかったな。あれは俺の役割だろう」
「いえ」
 言いながら、清正はなみなみと幸村の杯に酒を注ぐ。幸村は苦笑しながらその好意を受けた。彼なりの侘びのしるしなのだろう。そもそも、幸村が勝手に三成に声をかけて部屋へと送り届けただけで、彼が申し訳なさを感じる必要などどこにもないのだが。
 弁解をした方がいいだろうか、と逡巡していると、いかにも陽気な声の慶次から「幸村ー!」とお呼びがかかった。これ幸いと腰を上げて、あの、すいませんが、と断りを入れれば、清正も引きとめようとはしなかった。ついでに政宗の肩を揺すって、慶次どのが呼んでますからご一緒に、と誘えば、政宗は無言で立ち上がった。特に盛り上がりを見せている輪の中に入るには、少々気後れしますね、と政宗に耳打ちすれば、多少は機嫌が上昇してきたのか、うむ、と短く相槌が返ってきた。

「幸村ー、よしよし、来たな!お前さん、あんまり呑んでないんじゃないのかい?」
 言いながら、慶次専用の大振りの杯を渡されて、一気呑みを余儀なくされた。そろそろ限界に近い政宗が、奇異なものを見るような目を向けてきたが、幸村は、政宗どのもいかがですか?の一言でその目を封印させた。こちらに振られては堪らない!と政宗がぶんぶんと頭を振る。あまりに思い切り が良すぎたせいだろう、ぐわんと視界が揺れて目が回った。平衡感覚が保ちきれず、ぐらりと身体が揺れて後ろに転がった。わっ、政宗どの!と幸村が手を伸ばしたが、それも間に合わず、畳の上に頭を打ち付ける、はずだった。丁度よく、と言うべきか、彼らにしてみれば不運以外の何ものでもないだろうが、政宗が転がった先には兼続が座しており、政宗の頭がうまい具合に兼続の膝に乗った。一瞬何が起こったのか分からなかった面々だが、一番に己を取り戻した政宗がまず起き上がろうとした。だが、それを物凄い力で制止したのが兼続だ。彼も大概酒豪だが、摂取量が許容量を超えてしまっているようで、ひどく酔っ払っていた。政宗を犬か猫と勘違いでもしているのか、膝の上に拘束をして、頭をわしわしと撫で回している。
「兼続!やめんか!やめろ!聞いているのか兼続!」
 と怒鳴りつけるものの、兼続は犬がきゃんきゃんうるさいな、ぐらいにしか思っていないようだった。それを指さして笑っている者もいれば、関わりたくないと目を背ける者がいる中、幸村はその光景を微笑ましそうに眺めていたのだが、流石に政宗が気の毒になったようだ。すっと兼続の隣りに移動をして、「あの、兼続どの、」と声をかければ、正座をしていた態勢を崩して幸村に飛びつき、腰の辺りに手を回してぎゅうぎゅうと抱きしめた。もちろん、政宗の頭は放り出されることになり、政宗が短い悲鳴を上げた。
「兼続どの、どうなさいました?」
「三成もお前もいなくなって、さびしさで死にそうだったのだ!」
 そう言うや、わんわんと泣き出すものだから始末が悪い。しかし幸村は不快な顔一つせず、「それはそれは、申し訳ないことをしました。三成どのはお休みになられましたから、僭越ながらわたしが、三成どのの分まで今宵は兼続どののお側におります」と言えば、安心したのか兼続の腕の力は弱まり、しまいには寝息を立て始めたのだった。











暴走しすぎた!みんなを可愛がりたい。慶次と孫市はあんまり押し込めなかったのが残念。兼続は2仕様で、政宗さんは3仕様。ややこしい。

09/12/31