かん!かん!と、木同士がぶつかり合う甲高い音が響く。福島正則と加藤清正が暇を持て余して、己の武器を交差させる音だ。実戦に見立てた本気の仕合は既に終わっていて、高揚した気分を静める為の打ち合いでしかない。仕合の時とは違い、流れる空気はゆったりとしたものだ。
「つぅかさぁ〜」
正則が沈黙にも飽きた、といわんばかりに口を開いた。これが仕合の最中であれば、清正から集中しろ、と怒号の一つも飛ぶだろうが、既に場の空気は緩んだ後だ。清正も視線だけをよこして先を促す。
「なんか、気に食わねぇ」
「なにが」
「頭でっかちだよ!」
「お前が、あいつのことで機嫌がよかったこと、あったか?」
清正の当然の指摘に正則も出鼻をくじかれたようだが、そうじゃなくってよぅ、ともごもごと言葉を探している。頭でっかちこと石田三成と馬が合わないのは、清正も同様だ。だが、彼の場合は、まだ正則よりも耐え性というか、融通が利くというか、とりあえずは、正則よりも大人にできており、彼の何もかもが気に入らない!とたとえ思っていたとしても、それをそのまま口に出すことはなかった。
「俺らが九州から戻ってきて、真田んとこの奴が増えてただろ?」
先の島津攻めのことである。立花家の援軍要請に応えて、先行して清正と正則が出向いている。もちろん、その後には豊臣本軍もついで着陣し、島津征伐は大きな戦果をあげている。九州を併呑した豊臣家の敵は、残すところ東北の伊達家、関東の北条家のみとなっている。近いうちに戦になるだろうが、まだその陣触れはない。遠い九州の地への出兵だったこともあり、相次いでの出兵は流石の豊臣家でも不可能だ。
その戦から戻ると、大坂城には真田からの人質が到着した後だった。名を真田幸村といい、上杉の人質となっていたところを無理矢理に豊臣の質にしてしまったらしい。その辺りの事情は、清正たちは詳しくはない。交渉に当たっていたのは上杉家の宰相と交友のある石田三成であって、機密だの何だのを守ることに執着する彼は、中々情報を他に漏らさない。秘密裏にしなければならない事柄とは別に、世間話にしてしまえる程度のものすらこぼさない、というから、清正としては呆れる他ない。だからあいつは友人ができないのだ、と清正は思うのだが、思うだけで忠告しようとは思わない。あれと対等に付き合える人間など、余程の変わり者の偏屈狂か極度のお人好しぐらいなものだろう。
「で、その真田幸村がどうした」
「なんでも、槍の名手って話じゃねぇか。一回は手合わせしてぇなあと思ってよぅ、声をかけたんだけど」
正則は強面で荒っぽい性格をしているが、なかなかに人懐っこい男だ。おそらくはほぼ初対面である幸村にも、いつもの気安い態度で、「よぅ幸村、いっちょ手合わせしてくれねぇか!!」と得意の大音声で叫んだのであろう。その姿がありありと想像できて、清正は心の中で溜息をついた。今更これに落ち着けだとか礼節をもてだとか言うつもりはないが、村の子どもが玄関先で友を呼ばっているような調子は、次代の豊臣家を守る者としての自覚が足りない。同じ穴の狢であることは間違いのない清正だが、正則よりは体面なり姿勢なりを気遣う性質である。
正則は清正の内心など素知らぬ顔で続きを告いだ。いつの間にやら、二人の手は止まっている。
「あいつ、なんつったと思う?『三成どのに呼ばれておりまして、申し訳ありません』だとよ!あー、気に食わねぇ!!」
おそらくは幸村の声を真似たのだろうが、ほとんど会話をしたことがない清正には、似ているのかどうかすら分からなかった。顔合わせに軽い挨拶は交わしたが、三成の怒声と正則の濁声に紛れてしまって、はっきりと記憶していない。正則はその時のことを思い出したのか、手にしていた木刀をがんがん地面に叩きつけている。痛むからやめろ、お前の馬鹿力のせいで折れたらどうする、と場違いのことを考えたが、止めるよりも先にぽいと木刀を放った。大事しろ、おねね様に叱られるぞ、とやはりズレたことを言おうとした清正だったが、それよりも先に正則が口を開いた。怒りが再燃したらしく、声が荒い。
「で、それなら、次の日はどうだー、次の次の日はー、と思ってきいてはみたんだけど、どれもこれも『三成どの、三成どの』の繰り返しだ。あーやってらんねぇ。あいつは、あの頭でっかちの小姓かってんだ!なんか弱味でも握られてんじゃねぇかと、心配になっちまったよ!」
叩きつけるように吐き出された声だが、清正は、そうだろうか?と頭をかしげた。三成が、しがない小大名の次男坊の、更に人質という身分の男の弱味を握ってどうなるというのか。無条件でこき使える人間が欲しかった、とすれば疑問は解決するが、清正の知る三成はそこまで姑息でもなければ賢い男でもない。大禄をはたいて召抱えた島左近といつも忙しそうにしているが、それに対して文句を聞いたことはない。清正や正則には考えられぬことだが、忙しくしている現状に充実感を覚えているらしく、手伝いを増やすこともせず、せっせと主従仲良く仕事をこなしている。そんな男であるから、真田幸村という駒を与えられても、迷惑がることはあっても喜ぶことはないだろう。なれば、その逆ではないだろうか。秀吉の覚えめでたい三成に取り入って、真田家安泰をはかろうとするのは、正しい人質の姿だ。特に真田は禄が小さく、四方に難敵ばかりを抱え込んでいる状況だ。豊臣家の後ろ盾は喉から手が出る程欲しいに違いない。こういった政の下心に全く気付かないところが、正則の良い所でもあり問題点でもある。
「あいつも、厄介なやつに見込まれちまったなあ」
ぽつりと呟いた独り言に、まったくだ!と正則は大きく頷いていたが、あいつが指し示す対象が違うことを、清正はあえて訂正しなかったのだった。
わたしは、福島正則が大好きです(言うの何回目だろ。。。)
10/05/03