清正と正則が幸村と対面した時、既にその隣りには三成の姿があった。九州から順々に帰還する者たちに挨拶をして回っているらしく、清正たちを見つけた幸村は駆け寄るなり深々と一礼した。端正な顔だちだが、あまりこれといった印象に残るような男ではなかった。どうにも穏やか過ぎるというか、静か過ぎるというか。三成が隣りで眉間に皺を寄せて佇んでいるせいで、幸村の空気が完全に消されてしまっていた。真田昌幸の悪名とでも言おうか、あの徳川家康をも手玉にとった武勇は豊臣の間でも評判になっていた。その次男坊である、どれだけ悪人面をしているのだろうか、と清正も密かに楽しみにしていた分、拍子抜けの感があった。至って好青年、人を騙したこともありません、といった、大よそ面白味のない男、というのが第一印象だった。三成が隣りにいるせいで余計に控えめな性格が目に付いてしまったようだ。由緒正しい大名家の、いかにも小姓経験者といった雰囲気だった。頭を垂れたその仕草がやけに整っていて、清正と正則とどぎまぎさせた。品の良いといわれる動作が、二人はあまり得意ではない。くすぐったいような、むず痒いような、腹の下辺りがむずむずして仕方がなかったことだけはよく覚えている。
それから幸村はゆっくりと頭を上げて、やはり至極控えめな声で
『よろしくお願いします』
と、丁寧に言葉を紡いだ。決して大きな声ではなかったが、よく空気に響いて耳に心地良かった。人質の社交辞令だということは分かっていたが、彼の態度からはそういった下心は感じられなかった。誠実な男、というのはこういう男を言うのだろうな、と九州で会った不遜な男を比べて、ついまじまじと見入ってしまった。その不躾な視線に不快を表したのは、幸村ではなかった。三成があからさまにへそを曲げた顔をして、
「この馬鹿共とは、よろしくする必要はない。馬鹿がうつるだけだ」
と、さっさと踵を返した。もちろん、それで黙っていられる正則ではない。いつものような口汚い罵声を浴びせたが、三成も慣れたものだ、うるさいな、と顔を顰めた程度で堪えた様子はない。
「行くぞ幸村、仕事が押している」
「あ、はい、三成どの」
三成の横柄な態度にも、幸村の様子に変化はない。それでは失礼します、とやはり先と同じ丁寧な動作で軽く頭を低くした幸村は、三成の後に続いて去って行った。珍しいものを見たな、と清正が思ったのは、団体行動どころか、従者すらつけることすら厭う三成が、幸村と並んで歩いているからだ。
(なにが、そんなに気に入ったのか。あの気難しい頑固もんが、あんな優男を側に置くとはな)
清正!聞いてるのか!!と隣りで叫び声が上がったが、清正にとっては騒音と同義である。聞くわけない馬鹿、と吐き捨てて、清正もまた踵を返したのだった。
多分、三成は一目惚れだと思う、よ(…)
10/05/03