たまたま通りかかった廊下に、客人として招かれている立花宗茂の姿があった。清正はそれだけで回れ右をして来た道を帰りたくなったが、そうするより先に宗茂に気付かれてしまった。宗茂はやけににやついた顔をして、こっちへ来いと手招きをする。清正ははっきりと顔を顰めて拒絶を表したが、それで開放してくれる宗茂ではない。距離を詰めて清正の肩に手を回すや「面白いものがあるぞ」と、先程まで宗茂が眺めていた先を指さす。こういう下世話な仕草一つにしても、品があるというか小慣れた感が漂っている。近い、と宗茂を押しのけながら、好奇心で宗茂の指が示す方へと視線を向けた。そこには三成と幸村が縁側に腰掛けて、忙しい仕事の合間のひと時の休憩を楽しんでいる姿があった。
あちらからは死角になるのか、気付いている様子はない。なんたってこんな盗み見をしなければならない、と清正がその場を離れようとしたのだが、宗茂にがっちりと抱え込まれていてそれも叶わない。大人しく彼に従うしかなさそうだ。
「…なにが面白いんだ。三成と真田が、茶飲んでるだけじゃねぇか」
「まあ、そう急くな。あの石田三成という男だが、観察していると面白いぞ」
性急なのはよくないな、と宗茂が溜息と共に肩をすくめる。その隙に身体を離した清正だが、次の瞬間、その動きすら止まってしまった。あの石田三成が、冷徹で人の感情の機微など全く理解しない究極の頑固者が、幸村ににこりと微笑を向けられただけで赤面しているではないか!必死になってそれを隠そうと、懐の扇で口許を覆ってはいるものの、清正たちからは全てが丸見えだった。更には唐突に顔を赤くした三成を不審に思った幸村が、三成の額に手を伸ばして体温を計り出してしまった。人が触れようものなら、全力で払いのける三成が、幸村にされるがままだ。幸村が心配そうに顔を覗き込んで何事かを呟いているが、残念ながら会話までは聞こえない。三成がどぎまぎしながら頷いている姿は、貴重というよりもこの世の終わりの合図に思えて、清正の背筋に冷たいものが流れた。鳥肌が早くおさまるようにと腕をさすってはいるものの、中々望む効果は得られなさそうだ。
今度は左近が部屋から顔を出し、幸村が身体をひねって左近と会話を交わしている。が、すぐに幸村は立ち上がって、更には律儀に三成に礼をして、左近と共に部屋の中へと消えて行った。武田が健在であった頃の縁があるというだけあって二人は親しげだ。一人残された三成は、名残惜しそうに幸村が座っていた場所を見つめながら、顔の温度を下げようとぱたぱたと扇で風を送っている。
石田三成は、こと女に騒がれる顔を持っていながら、あまりその手の話題にはならならい男だった。根っからの仕事人間で、仕事以上に優先するものが彼には存在しない。想われ人ができようがそれは変わらない。要は女心を理解する云々よりも前に、気が利かないのだ。もちろん、そんな相手と長続きするわけもない。治部様は、やっぱり遠巻きに眺めているのが一番、というのが女中達のもっぱらの言葉だった。そのような男である。だからこそ、あのような殊勝な三成は、清正は一度とて見たことはない。秀吉やねね相手ですら、ああまで分かりやすい好意をだだ漏れにしていなかっただろうに。
「どうだ?面白いものが見えただろう?」
「どこがだ、気色悪い」
「そうか?俺は三成も幸村も、愛らしく映ったが」
「お前の目は節穴か」
「まさか!三成のあの狼狽ぶりは可愛いし、幸村の三成に向ける笑顔も、存外に可愛いらしいことじゃないか」
もちろん、三成の可愛さに吐きそうになるお前もまた、愛おしいがな、と爽やかに言ってのけた立花家当主だった。
三成と幸村のデフォルトってこんなんですよねー?(…)
10/05/03