奥州から機嫌伺いに訪問している政宗の相手をしているのは、丁度手隙でもあった幸村だ。政宗は常々、幸村の平時の淡白さと虚無感に憤りを感じていた。幸村から、生きる熱気というものを感じたことがないせいだ。性格は至って真面目、至って良好、欠点がない。ないから、余計に苛立つのだ。政宗は完璧な存在というものが嫌いだ。そういうものは強い。他など省みず、己すら蔑ろにして立っているからだ。誰かに寄りかかる頼る、信用して裏切られて、時には己が嘘をついて裏切って、そうして生きてきた政宗にとって、真田幸村という存在は奇異の塊だった。
 今もそうだ。床几に腰掛け、兵の陣形が動く様を見つめているはずのその眼には、おおよそ目の前のことが映っていない。遠く遠く、過去か未来か、己の死に際か、そういったものばかりを幸村はじっと見つめている。政宗は内心ため息をついて、そっと幸村から視線を外した。関ヶ原の戦を経ても一向に様変わりしない幸村の様子に、怒りとちっぽけな焦燥を感じていたからだ。その時だった。

「やっぱり、好きだなぁ」

 幸村は、のんびりとした口調でそう言った。独り言だったかもしれない。今日はいい天気だなぁと呟くのとまったく同じ調子であったから(生憎と今日は曇天だが)、政宗は余計に辟易した。思わず伏せかけていた顔を上げて、幸村の視線の先を辿った。そこには、兵たちに槍を教えている清正がいた。そこでようやく、兼続と三成がこそこそ話していた公然の秘密とやらを思い出す。彼らがそういう関係なのだと知った上で、もう一度幸村の横顔へと視線を戻した。しかし彼は、こちらが恥ずかしくなる程の熱を送っているでもなければ、顔色一つ変えていない。平素とまったく変わらないのだ。今日は丁度、兵の調練をしています、見ていかれますか?と気遣わしげに政宗の顔を覗き込み、慣れた様子で笑みを作った幸村のそれと大差ない。

 政宗は思う。彼はきっと、燃えるような恋をしたことがないに違いない。相手の存在に一喜一憂し、言葉や容姿に気をかけて、嫌われぬように少しでも好いてもらえるようにと努力をする必死さを、彼はきっと体験したことがないのだ。考えて、彼が恋に盲目になる様はどうにも似合わず、心の中で一笑に付した。政宗の知る幸村は、既に盲目だった。燃えるような情熱は、違うものに捧げられていた。"それ"は、恋をする炎までもを、根こそぎ吸い取ってしまったようだった。



***



 兵の調練の最中だ。ふと視線を遠くへ向ければ、幸村と政宗が仲良く床几を並べて座っていた。どうやら政宗に兵の様子を見せているようだった。確認したのは、それだけだ。彼らが本当ににこやかに談笑していようが、今の清正は鍛錬に集中しなければならない立場であるし、清正の頭の切り替えも、三成辺りが知れば白い眼で見られるだろう早さだった。
「気にならないのか、幸村の恋人殿」
 この癇に障る言い回し。顔を上げるでもなく、清正の脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。気まぐれで大坂に立ち寄ったと思われるが、ここで縛り上げて立花家へ輸送してやるべきではないだろうか、と一瞬考えた。簀巻きにされる薄情者の図は非常に胸がスッとすく気分だが、この男に限ってそういう図は現実感を伴わなかった。
 清正は、愛想の悪い顔いっぱいに不機嫌を漂わせながら、声のした方へと仕方がなしに振り返った。その顔を見たまだ若い兵が小さく息を飲んだ音が聞こえたが、清正は頓着しなかった。
「何の用だ宗茂。邪魔しに来たなら、さっさと九州に帰れ」
 立花宗茂である。立花家の当主という立場のくせに、戦の処置が終わればさっさと立花家を出奔。放浪の旅に出ているらしい。宗茂は端正な顔に意地の悪い、清正に言わせるのならば腹の底から怒りを込み上げさせる笑みを作って、ふっと呼気を漏らした。清正を見据え、視線を促すようにさっと顔を振る。その先には、幸村と政宗の姿がある。彼はこと清正への嫌がらせを楽しんでいるようだった。
「いいのか?奥州王に取って食われるぞ」
「そんな殊勝な玉か、あれが。食う前に首落とされるのがオチだ」
「清正殿は、御自分に強い自信がおありで」
「そういうんじゃ、ない」
 清正は表情一つ変えず言い切り、手にしていた鍛錬用の槍を宗茂に放った。無意識にそれを空中で受け取る宗茂。得物を手にした一瞬、宗茂から走った殺気に、ただの嫌味量産男ではないのだと痛感せざるを得ない。
「暇だろ?槍の使い方ってのが分かってない連中ばっかだ。模擬戦でも見せれば、おのずと分かってくる」
 近くの兵からもう一本槍を借りながら挑発するように言えば、涼やかな顔の割りに好戦的な宗茂が応戦しないわけもない。得物の感触を確かめながら、宗茂も頷いた。
「して、勝った暁には?」
「あるわけないだろ。手本見せてやるだけだからな」
「ならば、勝手に決めようか。うん、そうだな、清正の恋人をちょっと貸してはくれないか。一日もあれば、俺のものにしてみせる自信がある」
 嫌な自信だな、と清正は明らかな嫌悪を露にして、すっと槍を構えた。
「あれは誰のものにもならない」
「うん?」
「生きて死ぬまで、終生、あいつの主はあいつだけだ」








大型犬の忠義

ゲスト出演の伊達さんと宗茂さん。

10/01/10