屋敷の玄関には向かわずに、ぐるりと回り込んで庭先から顔を出した。彼が在宅しているのなら、縁側でぼんやりとしているはずだ。幸村の日課を知る程度には親しいが、彼の人間関係を全て把握しているような親密さはない。彼はきっといるだろう、という根拠のない自信を持って首を伸ばせば、いつも幸村が腰掛けている縁側に、いつもとは違う人物が座ってる。ぶらぶらと足を揺らしていて、その先に突っ掛けていただろう草履が庭に転がっていた。幸村のところの忍びだった。頬杖をついてつまらなさそうに唇を尖らせている。こちらに気付いた素振りはなかった。
「幸村さまならいないよ」
にも関わらず、くのいちはそう呟いた。独り言にしては大きかった。三成への言葉と取って間違いはないだろう。くのいちは、やはり視線を外して頬杖をついて足をぶらぶらと振り子のように揺らしながら、つまらなさそうに呟いた。
「どこに行ったと思う?清正って人のとこかにゃ?それとも、政宗さんかにゃ?にゃ?」
そこでようやく、くのいちは三成へと視線をうつした。顔には笑みが浮かんでいたが、決して気持ちの良いものではなかった。三成は忍びごときに軽く扱われて平気な顔がしていられる程、鈍くはなかった。
「何が言いたい」
三成から飛び出した声も、随分と棘があった。大体の輩はこの声が紡ぐ正論と、人を射殺しそうな目つきの悪い視線に口をつぐむのだが、くのいちはそうではなかった。楽しげに口端をにぃとあげて、口許にだけ笑みを作った。
「あんたがいなけりゃ、幸村さまはもっと真っ当な人間関係築けたんだろうなぁーと思って」
「…否定はせん。俺の存在があれの道を狭めている」
融通が利かぬ、愛想がないともっぱら評判の三成だが、何故だか幸村が絡むと途端ぶっきら棒な素直さを見せる。今更それを指さして笑ってやるほど、彼の姿は真新しいものではない。くのいちは必死になって笑い声を搾り出した。嘲笑、もしくはそうしようと歪んだ結果の笑みなのかもしれない。
「あんたなんかが幸村さまの道を決定付けれるわけないじゃない。むしろ、あんたは利用されたのよ。馬っ鹿みたい。そんなことも気付かずに、自分は悲劇の主人公?笑っちゃうわ!!」
あはは、あはは、と、明らかに馬鹿にした風の笑い声が、辺りに響き渡る。くのいちの女特有の甲高い声は、周囲によく響いた。それが不快でたまらない。怒りに握り締めた拳が、ぷるぷると震えている。
「貴様、言わせておけば…!」
「言わせておけばいいじゃない!結局、幸村さまはあんたを選ぶんだから!」
彼女の本音が漏れた瞬間だった。歪めた笑みの下から、屈辱と悲しみを滲ませた彼女自身の本心が覘いている。
「幸村さまが槍をとるのは自分の為だけ。でも、その言い訳をあんたは与えてあげることができるんだから!」
ずるいったらないよ、とくのいちは吐き捨てたが、三成には嘆いているようにしか見えなかった。
「俺が憎いか…?」
「憎いよ、当然じゃない。あんたなんか大っ嫌い!でも、幸村さまは恨むなって言うから、恨むことを知らないから、あたしはあんたを憎むことが出来やしないのよ」
いい加減帰ってよ、と絞り出すようにくのいちが呟けば、三成は感情を飲み下しきれずに無意識に顔を顰めたまま、無言で背中を向けたのだった。
くのいちが無印仕様です。こっちのが、ぶっちゃけ書きやすいんだ。
10/02/24