幸村は兼続にだけは、極々まれに酔った振りをして弱音を吐く。兼続にだけ、というのは誇張かもしれないし、弱音と言うには言葉の真意はいつも曖昧だった。けれども、兼続は一種の自負を持って、幸村の弱音を聞いていた。兼続は幸村を愛していたが、同様に三成も慶次も政宗も愛していた。これが兼続でなければ、ただの重たい言葉であったろうが、兼続には万人に与える愛という名の重圧がとても似合っていた。幸村もまた、兼続に甘えるように三成を甘やかし、慶次に寄りかかり、政宗と寄り添っていた。兼続が皆を等しく扱うのとは別に、ひと個人個人に対する嗅覚の強い幸村は、それぞれをそれぞれの愛し方で愛した。ただ、幸村に愛という言葉は似つかわしくはなかった。彼はその言葉を憎んでいるようにすら感じられた。
既に三成は酔い潰れて、幸村の膝の上で眠りこけている。硬くて高さもある幸村の膝枕は決して寝心地が良いとも言えないだろうに、気まぐれに撫でる幸村の手が心地良いのか、その寝顔は穏やかだった。
三人で酒を飲んでいる時、大概、三成・兼続の激論が飛び交ってとても賑やかになる。けれども、二人の調子に合わせて酒をあおった三成は彼らとは反対にすぐに酔っ払って、寝入ってしまう。そうすると、兼続は途端口数が少なくなる。残念ながら、三成に気を遣っているわけではない。月を愛でる幸村に倣って、兼続も黙々と酒を口に運びながら、庭の池の水面に映る月を眺めている。
「兼続どのは、」
幸村の、いつもではありえない間延びした声は、傍目酔っているようにも聞こえただろう。兼続も彼に調子を合わせて、いつもよりゆったりとした口調で、うん?どうした?と問い掛ける。同時に、ちらりと幸村の様子を伺う。夜のせいだろうか、彼の双眸には薄っすらと水の膜が張られていて、池の水面よりよっぽど澄んでいる。その眼に月が浮かぶ様はさぞかし美しいだろうと兼続は思ったが、そこに月の姿はなかった。茫洋とした暗がりがそこには存在しているだけだった。
「何故兼続どのは、人を愛することができるのです」
なぜ兼続どのは、わたしを愛するのです、愛することができるのです、なにゆえ、なんのために、なんのお返しもできぬわたしなんぞを。
幸村の目は素直だった。彼は言葉巧みに色々なことをはぐらかすことに長けていたが、嘘をついてまで兼続を偽ろうとはしなかった。これもまた、自負だろうか。
「幸村、お前は何か勘違いをしているよ。私はただ、愛するが故に愛しただけだ」
兼幸はこんな関係で固定しそうです。読んでる分には平坦すぎてつまらないかもしれませんが、書いてる方としてはすごく楽しいです。幸村の薄皮を一枚、べりんとしてる気分になれるので(…)
10/02/28