幸村が己の頬を指で示しながら何か言っている。けれども三成の聴覚は、間近で鉄砲の一斉射撃を聞いてしまったせいで使い物にならない。忍びのように唇を読む術があるわけでもない。聞こえないもどかしさに顔を顰めた。そんな三成の内心を読み取ったのか、幸村の腕がすっと伸びる。彼の鎧は戦塵で汚れている。血なのか泥なのか、元からついていた傷なのか新たに付けられたものなのか分からない無数の跡に、三成は悲しくなった。この男は戦場が己の生きるべく場所だと言うが、三成は彼以上に戦場が似合わぬ者もおるまい、と常々思っている。どれだけ否定されようとも、三成は己の思いが変わることはなかった。お前に、戦場は似合わぬ。
そう思考している間にも、幸村の持ち上げられた腕は三成にそっと伸びてきて、すっと三成の右頬を掠めて行った。丁寧な仕草だった、幸村の動き一つ一つがやけにゆっくりに見えた。思わず、思考が止まる。途端、ぴりりとした痛みが頬に走った。咄嗟に幸村の顔と指を交互に見やる。そこにはまだ真新しい血がうっすらと滲んでいた。頬に小さな擦り傷が出来ているようだった。もう一度、幸村が己の頬を指しながら何かを呟いている。もどかしいな、と思う。聞こえない、聞こえない。三成の困惑した表情に苦笑した幸村は、それではと呟いて(これは短かったので、読み取ることができた)ぺこりと一礼をして、すぐ戦の最前線へ駆けて行った。
幸村が己の指で、三成の血を拭った、たったそれだけの話だ。
色々と邪推してください。
10/02/28