幕府軍との和議を結び、戦は一応の終結を迎えた。まだ城内には兵がひしめいている。戦の始まったばかりの、興奮と死への恐怖がない交ぜとなった賑わいと比べて、どこか沈鬱とした空気だった。それもそのはず、誰もがこの和議が一時的な休戦だということに気付いているからだ。いよいよ我らは逃げ場を失い、ただ時が過ぎるのを待っているだけだ。清正はさっと首を振って、嫌な考えを霧散させようとした。楽な戦とは端から思っていない。それでも、勝つ自信が清正にはあった。自分たちは、勝たねばならないのだ。

 清正が気まぐれに足を伸ばした先は、兵達の駐屯地だった。先日まで共に苦楽を共にした仲間は、清正の心を少しだけあたたかくさせた。城内で周りの機嫌をとるより、彼らと上下の区別もなく談笑する方が清正の気性には合っている。その中でも一際にぎわっている輪に、清正も軽い気持ちで顔を出した。今日は特に冷える。皆が焚かれている炎に寄り添っていた。
 最初に気付いた武蔵が、あっと僅かに腰を浮かして、彼の声に顔を上げた幸村の視線が清正とかち合う。正則には確か仕事を言い付けていたはずだが、予想外のところでサボりが露見してしまったせいか、居心地が悪そうにそっぽを向いている。宗茂はそんな中でもやはり涼しげな表情で、やあ清正、と白々しい挨拶を寄越した。清正は適当に手をあげて応えながら、ふと眉を顰める。木材など支給した覚えはない。確かにこの寒さ、どうにかしてやらねば、とは思ってはいたが、まだ何の手配もしていない。ならば、この人だかりは何だ。どっからくすねて来やがった?清正も几帳面なところがあって、兵糧や弾薬に限らず、帳簿には事細かに表記している。あまりなどなかったはずだ。
「おい幸村、この木材はどこから持ってきた?」
 武蔵や正則に言ったところで、さあ?知らない、と返されるのがオチ、宗茂には最初から期待をしていない分、清正の尋問はもっぱら幸村に向けられた。しかし幸村は、あの鋭い眼光で睨みつけられても表情一つ変えず、むしろその顔には笑みを湛えていた。
「真田丸の残骸ですよ。こうして荼毘に付しております」
 真田丸と言えば、先の戦の激戦区の一つで、勝敗が曖昧な連日の戦の最中、確実な勝利をおさめた場所でもあった。いわば豊臣勝利の象徴のようなものだ。
「真田丸は、先程取り壊しが終了しました。もうあそこには何もないですよ」
 既に大坂城を取り囲む外堀の埋め立て作業は始まっていた。また、和議の条件として、幸村が散々に幕府軍を蹴散らした真田丸の撤去も織り込まれている。けれども、まさか自分自身の手でそれをやってのけるとは清正も予想だにしていなかった。小さな出丸ではあったが、あれは幸村が己の知識を注ぎ込んで作り上げた、云わば彼の城だ。自分の城を持ったことのない幸村にしてみれば、己の分身のようなものではなかったろうか。清正がそれを訊ねられずにいると、その心を察したのか、幸村は表情を崩すことなく、さらりと言ってのけた。
「敵兵の手にかかるぐらいなら、いっそわたしの手で、と思いまして。あれが誰かに踏みにじられる様は、どうにも心安らかではいられませんから」
 いいじゃねぇか、物騒なもんもなくなったし、俺らもあったかいし!とのん気なことを本気で言う武蔵のようにはなれないな、と清正は痛感しながら、さっと幸村とこの炎から視線を外した。ずらした視線の先には、幸村の家臣たちが沈痛な面持ちで肩を寄せ合っていた。彼らには真田丸の取り壊しが余程堪えたのだろう。視界の端では、こそこそと逃げ出す準備をしている正則を捉えていたが、到底叱る気にもなれなかった。清正はきっと、負け戦となってしまったとしても、この城に火をかけることなどできないだろう。











暗い。出したい子いっぱい出したら、ほとんどが空気になった。真田丸ネタも好きです。

10/03/07