伊達政宗などは、真田幸村のことを、真面目を絵に描いたような男だと言う。確かに、常に姿勢が正しい、眼差しが鋭い、動作一つ一つが一々きびきびとしていて、いかにも堅物だと誇張するような態度である。しかし幸村とて男だ。孫市が誘えば(もちろん、政宗の目を盗んでだが)、博打も打つし酒も浴びる程呑む。色街にだって嫌な顔一つせず同伴する。幸村の糊の利いた立ち居振る舞いは物珍しいものがあるのか、女達にたいそう評判が良い。遊里へ行っても酒をわいわいと呑むだけではあるものの、しなだれかかる女の対処は手慣れたものである。幸村は孫市との遊びを楽しんでいるようだった。否や、彼は博打を打つにも女から酌を受けるのも、卒なくこなしているに過ぎない。彼はやたらと勘がよかったし、酒飲みを自覚している孫市よりうんと酒に強かった。残念なことに、孫市は幸村が酔っ払って前後不覚に陥った姿を見たことがない。酒の席の戯れに、「あんた酒に酔ったことはないのか?」と訊ねたら「生憎と、酒に酔えぬ性質でして」とのブレのない返答だった。その時はほろ酔いの役に立たぬ頭がふぅんそういうもんか、と適当に相槌を打っただけだったが、真田幸村という男を限定して言うのであれば、何故だか納得出来そうな気がするから不思議なものである。幸村には、そういった不思議がたくさんあった。孫市はそれらを面白がったが、どうやら政宗は尊敬やら憧憬やら嫉妬やらの感情で眺めているようだった。
その日も、そういった悪い遊びに付き合わせた帰りだった。夜空にまん丸の月だけが浮かんでいて眩しいぐらいだった。その日は珍しく店を早めにお暇して、幸村の屋敷に帰る道を辿っていた。二人の腰には店で飲みきれなかった徳利がぶら下がっている。幸村の屋敷から月を愛でつつ、また杯を重ねるのだろう。
「孫市どのは、」
まだ体内に酒精が残っている孫市は、緩慢な動作で孫市は顎をしゃくっただけだった。酒の席ではもっぱら介抱役にまわる幸村は、慣れた様子で孫市の腕を取って身体を支えた。孫市は何も言わない。ただ、同じぐらい酒を呑んだのに、幸村の指は冷たいぐらいだった。それとも、孫市の体温が上がっているだけなのか。
「何故わたしに声をかけてくださるのですか?このような朴念仁に、あなたの好きな世界は似合わないでしょうに」
孫市ののったりとした歩きに合わせているせいで、幸村の進みも遅い。朴念仁と彼は言うが、孫市はそう思わなかった。彼は野暮でも鈍いのでも頓馬なのでもなく、ただこの世の俗事に悉く無関心なだけだ。執着しない固執しない、勝負に負けて悔しいこん畜生!と怒鳴ることもなければ、美女に囲まれて有頂天になることもなかった。
「あんたの仮面が剥がれたところを見てみたい」
「仮面、ですか?」
「酔っ払ってみっともないあんたを見てみたいってことだ」
はぁ、そうでございますか。と、幸村は呆れ声を出した。ご苦労様です、徒労ですけどね、と言われている気がしたが、何故だか怒りは湧いてこなかった。酔っているのか、それとも幸村の人徳か。
「ならあんたは、どうして俺に付き合う?こういう遊びは性分じゃねぇだろう。それに、ばれたら、政宗もあんたのお友達もはいい顔しねぇだろうなぁ」
「ええ、無駄の極みだと思っております。確かに、褒められた趣味ではありませんしね」
幸村は、よく、丁寧な口調で、不躾な言葉を吐く。孫市はそれを小気味良いと思っているが、反面、そういう幸村を政宗に見せて面食らわせてやりたいとも思っている。真田幸村という男は、どうも皆から色眼鏡越しに見られる性質らしい。便利な、と思うのはもちろん女達にもてる場合だけで、友人達からも美化される幸村にだけはなりたくないな、と孫市は思う。そんな面倒事はごめんだ。
「ですが、どんなに無駄でも、孫市どのと一緒に居られることが嬉しいのです」
わたしは、あなたのことが好きですよ?と言えば、男に言われても嬉しくねぇ、と孫市がぼやき、幸村はくすくすと笑うのだった。
孫市←幸村、ではありません。お友達です。
09/02/08