今日もきっとあの二人は進展しないのだろうなぁ、はぁ、とため息をつきながら、三成は自室への道を歩いていた。先日の酒宴で正則が聞き出したことが事実ならば、既に両思い、自分の出番はないはずなのだが、互いに告白する気すらないと来たら、もうお手上げもいいところだ。ちなみに、正則からの報告を受けるにあたって、激しい口論となったのは左近だけが知っている。
「三成!清々しい朝に陰気くさいヤツだな!」
「兼続か。お前はいつも気楽でいいな」
「気楽なものか!幸村の恋路にはわたしも胸を痛めている」
「あの二人ならば、」
 さっさと想いを告げてしまえばいいだけの話だ、と言いたかったのだが、途中で兼続に口許を押さえられて、くぐもった音しか出なかった。羽交い絞めにされ、そのまま物陰に引きずり込まれる。おいこれが義と愛の申し子のやる仕打ちか!と問い詰めてやりたいところだが、兼続にその手の話が通じたことはない。抵抗しても無意味と覚った三成は、されるがままだ。物陰から窺うように顔を僅かに覗かせ、ようやく兼続は三成の拘束を解いた。
「おい兼続!」
「静かにしろ。気付かれるぞ」
 何にだ、と思いながら、兼続の視線に促されるままに、兼続同様物陰から顔を少しだけ出す。視線の先には、楽しげに会話する幸村と清正の姿があった。
「…どういうことだ」
「分からん。が、少し待て。口の動きで会話が分かるかもしれん」
「…お前、本当に何でもありだな」
「はっはっは。芸は身を助けるぞ」
 可愛い幸村の為だ、と、じっと二人を見つめる兼続。傍目からしたらとんでもなく異様な光景だが、三成は考えないようにして、兼続を待った。残念ながら三成には、二人が仲良く談笑している様にしか映らず、口の動きなどという細かなものまでは見えなかった。

 待つことしばらく。なるほど!という隠れる気が元からないのでは?と思わせる音量で兼続は手を打った。
「二人はどうやら、数日後の一揆鎮圧の打ち合わせをしているようだな」
「は?」
「あんなに楽しげだから、どんな恋人同士の惚気かと思ったのだが、見当違いだったな」
 残念だ!とやはり声高に言う兼続に、どういうことだ!と三成も詰め寄る。兼続が言うには、鎮圧戦の戦略を二人して楽しげに語り合っているだけ、だと言うのだ。正式に発表された編成では、総大将は清正、軍師格として幸村もそこに名を連ねている。戦が長引くようなことがあれば、三成直々に補給を担当にすることになるが、その辺りは戦の経過次第だ。
 それにしては親密過ぎないか?そもそも、戦略云々の話をあんなににこやかに出来る人間などいるのか?と三成は思うのだが、それが真田幸村の面白なところだ!と兼続に言い切られては反論できない。接する機会の多い三成ですら、幸村の内心が全く読み取れないことがよくあるからだ。悲しいことに。
「それよりも三成。そろそろ出て行かないと、不自然だぞ。二人共、我らに気付いているだろうからな」
「それはお前が喧しいから!…ええい、分かった、出るぞ!」
 兼続を突き飛ばし、物陰から脱した。押された腰をなでつつ、乱暴なヤツだとぼやく兼続にも知らん顔の三成だ。二人のやり取りに視線を向けた幸村が、まず二人に手を振る。三成も小さくその動きを返しながら、ふっと隣りの清正に視線をずらした。不機嫌そうな顔をしている、と見えるのは錯覚か本当なのか。判断がつかない、と思わず目を細めたのがいけなかった。元々の人相も相まって、どうしても睨みつけるようになってしまって、二人無言で睨み合ってしまった。その間、幸村はいつものことと割り切っているようで、にこにことした笑みのまま、二人を交互に眺めている。その時だ。珍しく沈黙を守っていた兼続が、
「おおっと!足が滑った!」
 と、驚くほど棒読みの台詞を吐いて、幸村を思い切り突き飛ばした。先の三成ですら、そんなに強い力ではなかったぞ…、と思う程、それはもう盛大に。成人男性の体当たりに流石の幸村も踏ん張れず、こちらも思い切り身体が傾いた。幸村は小さく声を発して、せめて受け身だけでも、と身体を縮めたが、地面を転がるよりも先に清正の腕ががしりと幸村を抱き止めた。幸村の腰の辺りに回された腕は、決して小柄ではない幸村の身体をしっかりと包み込んでいる。体重全てを預けてしまっている体勢に、幸村は慌てて離れようとしたのだが、同時に顔を上げたのがまずかった。互いの吐息が触れ合える程近くに、相手の顔があった。三成が二度三度まばたきを繰り返しても、互いに目を合わせたまま、微動だにしなかった。しかし、自分たちの状態を思い出したのか、二人同時にぱっと顔を背けて、「すみません…!」「すまん」と互いに小さく謝罪し合っているが、相手に届いているかどうか。二人揃って顔を赤くしている様は新鮮だったが、これはこれでやりすぎだ!と三成は思う。兼続は昔から、やることなすこと過激すぎるのだ。

 とりあえず、身体を離した二人だが、そのまま別れるには気まずい空気が流れている。
「幸村!お前、ちゃんと食ってるか?!いや、お前の武働きのすさまじさは知っているし、手合わせもしたことがあるから、分かってはいるのだが、甲冑姿ばかり見慣れているせいだろうか、あれは着膨れするな!」
「こちらこそ、びっくりしました!わたしの重さを受けて微動だにしないとは…!流石です。わたしも、清正どののような強靭な身体が欲しいのですが、鍛えてもこれ以上の肉はつかないみたいでして…」
 どぎまぎとした言葉しか飛び出ず、どうしたものか…!と二人はこっそり頭を抱えていたのだが、それを救うかのような絶妙な間合いで、清正ー!と呼ぶ声が聞こえた。声からして、おそらく正則だろう。
「呼ばれていますよ」
「ああそうだな」
「正則どのでしょうか?」
「多分な」
「…………」
「………………」
「………………………」
「…細かい打ち合わせは、また後日、だな」
「あ、はい、そうですね」
「悪いな」
「いえ、そんな、こちらこそすいません」
 ぺこぺこと頭を下げる幸村に、大袈裟な、と笑いかけながら、髪に触れて、くい、と頭を上げさせた。目が合う。先程の距離を思い出したのか、引いたはずの熱がまた頬に集まっていくようだった。またしても見詰め合っていた二人だが、催促するように、清正ー!!と更に強く呼ばれて、清正は踵を返したのだった。



 清正が見えなくなって、幸村はへたり込むようにしてその場にしゃがみ込んだ。手の平で顔を覆っているが、はみ出ている耳のてっ辺は真っ赤だった。
「…幸村、」
「兼続どの!」
 見るに耐えかねた三成がそう彼の名を呼んだが、同時に幸村も兼続の名を叫んだ。
「ん?どうした?」
「こんな悪ふざけは、これっきりにしてくださいね!」
 涙目になった幸村に詰め寄られたのが三成だったら、一も二もなく首を縦に振っていただろうが、相手はあの兼続だ。
「はっはっは、こればかりは了承しかねるな。善処しようとでも言っておこうかな」
 まったく、懲りた様子のない兼続に、三成も幸村に同情するしかないのだった。



***



 一方。急用とも思えない呼び出しを食らった清正は、正直正則に感謝をしても感謝し足りないぐらいの恩義を感じていた。あの瞬間、あの間合いで呼んでくれてありがとう!とは言わないし言えないけれども。
「清正、何かいいことあったか?」
 常に張り詰めている清正の空気が緩んでいることに気付いた正則がそう訊ねても、おかしくはない。
「幸村が、」
「が?」
「すっごい可愛い」
 そう言って、表面ばかりは真顔の仏頂面なわけだから、奇妙に映らないはずもない。またもや通りすがりの宗茂に、
「青いことだな、清正」
 とからかわれはしたものの、それを無言で流してしまえる程、清正は舞い上がっていたのだった。











きよまっさんのキャラ壊しが始まりましたよ。とどこかで書いとかないといけない気がしてきた。きよまっさんも可愛い人であってほしい。兼続ポジションがとても楽しそうで羨ましいです。

10/01/04