誰もきっとわたしよりは賢い女 BASARA政宗×無双幸村 ※女体化


 三成と兼続は、口を揃えて『あんな男はやめておけ』と言う。彼の弟である藤次郎も『お前には釣り合わん』と、幸村の顔を見る度に告げる。幸村はいつも、周りの反対に曖昧な笑みを向けて、そのありがたい忠告を受け流している。
 幸村が想いを寄せる男の名は、伊達政宗という。いわゆる幸村とは幼馴染の関係にあたるが、成人した今、その繋がりはあまりにも希薄だった。かろうじて繋がりを保っていられる理由は、幸村が政宗の五歳離れている弟の家庭教師を務めているからだ。ただ、家庭教師と言っても、成績優秀で常に学校ではトップを保っている藤次郎に勉学の指導は必要ない。母を早くに亡くし、父も仕事で忙しい、兄も父の仕事を手伝って帰らぬ日も多く一人になりがちな身の上ということで、出来る限り一人きりにさせぬようにとの、父の配慮からだった。幸村が隣りに住まう伊達家族のマンションに行ってやる仕事と言えば、専ら藤次郎の話し相手と料理ぐらいで、時々は料理好きな藤次郎と共にキッチンに立ったりもする。十七という難しい年頃ではあるものの、決して子ども扱いしない幸村によく懐いている。或いは、年齢は近いながらも、母のような憧憬を抱いているのかもしれない。

 政宗は、仕事が立て込んでいると自宅には戻らず、職場の近くに借りたマンションで寝泊りをしている。世界を股に掛ける伊達グループの跡取りらしくない、極々普通のマンションで、1LKの間取りには風呂もトイレも付いているが、少々手狭である。
 幸村は今、エコバックを片手に、そのマンションの前に来ていた。彼自身は料理が趣味なところもあり、一人暮らしをしていてもだらしのないことにはならないのだが、仕事が殊更忙しくなると、食事も摂らず、睡眠も摂らず、といった生活になることもままあり、先日会社で倒れかけたと小十郎から聞いていた藤次郎が、強引に幸村を派遣したのだ。政宗には藤次郎から連絡が入っており、心を寄せている政宗の為と言われてしまえば強く反対することも出来ず、藤次郎に押し切られる形でこのマンションまでのこのこやってきてしまったのだ。エコバックの中には少しの食材と、昨夜作った里芋の煮っ転がしがタッパーに入っていた。幸村の得意料理の一つで、藤次郎の評判も良い。
 無人のエントランスを抜け、幸村は教えられた部屋の前に立った。政宗の携帯電話の番号も知らず、来訪を気軽に告げることも出来ない。数秒、インターフォンを押すかどうか逡巡した。藤次郎に背中を押されてここまで来てしまったが、果たして良かったろうか。迷惑ではないか、とようやく思い至ったからだ。きっと、久しぶりに彼に会えると思って舞い上がっていたのだろう。折角の日曜日、更に午後二時ともなれば、仕事に追われていなければ、己の趣味に精を出しているだろうし、たまたま在宅していただけで、恋人の一人や二人連れ込んでいるかもしれない。どう考えても、第三者である己の介入は邪魔でしかないだろう。これが藤次郎なり、政宗の世話係でもあり秘書でもある小十郎であったのならそうはならないかもしれないが、幸村と幼馴染であったことなどもう遠い過去の話で、ここ数年、まともに会話をしたことはなかった。たまたま、藤次郎の家庭教師として自宅に赴いた時に顔を合わせた程度だ。また、政界や大企業の上層部クラスの会合に、一応は茶道の家元に連なる家系である幸村も、その末席に並んだことはあるものの、世界規模の大企業の御曹司である政宗に話し掛けられるはずもなかった。常に人に囲まれている政宗を遠巻きに眺めるだけで、政宗は幸村の存在にすら気付いていなかったに違いない。
 既に遠い存在となりつつある相手が、いくら弟を経由させているとはいえ、唐突に家に現れたら、不快こそあれ喜ぶことはないだろう。政宗自身、俳優顔負けの美形であり、また、次期社長としての手腕を発揮して、次々と事業を成功させている実績もあり、彼の周りにはよく美人が集まってくる。それも、彼と隣りにあっても遜色ない、いかにも出来る女、といった女性が多い。イタリアンスーツを嫌味なく着こなしている政宗の横には、そういった女性が相応しい。それに比べて幸村は、家の事情もあり一般人よりも着物を着る機会は多いものの、普段から着用しているわけではなく、ほとんどがTシャツにGパンという色気も可愛げも洒落っ気もない、いかにもラフな格好をしている。今だって、着慣れて皺の寄っているGパンに、よくあるカジュアルショップの適当なTシャツという組み合わせだ。段々と己の私服姿が恥かしくなってきて、ここはお膳立てしてくれた藤次郎に悪いが帰ってしまおうか、と踵を返しかけた、その時だった。
 突然に、政宗の部屋のドアが開いた。もう少し位置をずらして立っていれば、開かれたドアの死角に入っただろうに、丁度ドアを開けた政宗と鉢合わせする羽目になってしまった。幸村が唐突にドアが開いたことに驚いたように、開いたドアの先に人が立っていたことに政宗も驚いたようで、お互いがそのままの体勢で、しばし無言で見つめ合ってしまった。政宗としては、家の前にいるなら何故インターフォンを鳴らさないのか、と疑問に思っていることだろうし、幸村からしてみれば、何故彼はドアを開けてしまったのだろう、何故己の来訪に気付いたのだろう、と訊きたい気分だ。
 どれだけそうして静止していたのだろうか。埒があかないと思ったのか、
「とりあえず入れよ」
 と、幸村の入室を促した。幸村がすぐに返事をせずに躊躇ったせいで生まれた空白の間に、政宗はちらりと幸村の手元に視線を向けていた。そこには、ていのいい言い訳がぶら下がっている。幸村は半ばどもるように、
「藤次郎さんから聞いているとは思いますが、」
 と、エコバックを少しだけ持ち上げた。
「料理の支度に参りましたので、お邪魔します」
 そう言って、深々と頭を下げた。それに慌てたのは政宗で、
「そういうのはいいから、さっさと入れよ。外、暑かっただろ」
 と、手を伸ばしてドアを支えていた体勢から、手を引っ込めた。スーツ姿の政宗を見慣れている幸村にとって、私服姿は新鮮だった。服装自体は、己と大差ない、身体のラインが出やすいぴたりと密着するTシャツに、細身のGパンという格好だったが、顔ばかりでなく身体の均整が取れている政宗の姿は、そのようなカジュアルな格好でも様になっていた。どんな有名雑誌の表紙を飾るモデルですら、彼以上に着こなすことは不可能だろう。思わず立ち止まって彼の後ろ姿に見入ってしまった幸村に対して、当然後ろから歩いてきていると思っていた政宗は、続く足音がないことに気付いて振り返った。幸村は誤魔化すように笑いながら、
「スリッパ、お借りしますね」
 と、背を向ける。一時の寝泊り用の家でしかないはずだが、来客用にしっかりとスリッパまで備え付けられている。政宗が用意したのだろうか、それとも、彼の数多くの知り合いの、気の利いた人間が持ち込んだのだろうか。幸村はもやもやとしたものを抱きながら、政宗の後ろに続いたのだった。

 政宗の仮住まいのマンションは、一人暮らしを想定しているのか手狭で、寝室とリビングを兼ねている部屋には、長身な彼にしては小ぶりなパイプベッドと部屋のほとんどを牛耳る大きなテーブルがあるばかりだった。ノートパソコンはテーブルの隅に追いやられており、壁には20インチ程度のテレビが掛けられていた。ただし、机の上には山と積まれた書類の束があり、彼が仕事の真っ最中であったことを覚るのは容易い。それでも政宗は、その書類の山を強引に隅に寄せ、僅かなスペースを作り、ベッドと向かい合うようにクッションを置いた。幸村の座る場所を確保してくれたようだった。
「座れよ。茶ぐらい出すぜ」
 と、キッチンに消えて行きそうになったのを、幸村は慌てて引き止めた。
「お仕事の邪魔をするわけにはいきませんので!お構いなく!拙い料理で申し訳ありませんが、すぐに作ってすぐに帰りますので!」
 そう早口に捲くし立てて、幸村は丈の長いカーテンで仕切られているだけのキッチンへと、少々強引に引っ込んで行った。政宗も途中引き止めようと腰を上げかけたが、すぐに諦めて、定位置らしいベッドに腰を下ろした。ベッドサイドに置いていた黒縁眼鏡をかけ、ノートパソコンを引き寄せるや、すぐに仕事の体勢に戻った。
「あの、申し訳ありませんが、調味料などお借りします。器具も使わせて頂きますが、きれいに使いますので!」
「そう神経質になんなよ。冷蔵庫の中身も、使えるもんがあるなら使ってもらって構わねぇし」
「了解しました」
 幸村はそう返事をしたものの、やはり遠慮して、冷蔵庫の中を覗くことは出来ず、作り終えた料理をしまう時だけ、失礼しますと独り言を呟きながら開けるのだった。

 部屋を仕切る戸などはないせいで、互いの発する音が相手にまで届いていた。幸村が野菜を切ったり鍋の用意をしたりと台所内を行き来する音。政宗の方から聞こえる、紙同士が擦れる音や、パソコンのキーを叩く早いタイピング音。政宗が作る音が不定期に止まる度に、幸村は内心ひやひやしているのだ。邪魔になってやしないだろうか、と。特にこの位置関係も幸村にとっては心臓に悪いもので、ベッドから一直線にコンロの様子が見えてしまう。彼は彼で仕事に集中している、と言い聞かせてみても、幸村が何か粗相を仕出かさないか監視しているのではないか、と考えてしまう。
 料理を作り終え、ほぼ同時に片付けを済ませた幸村は、持参したエプロンを脱いで、マグカップ片手に仕切りの役割を果たしているカーテンをくぐった。先程政宗が作った机上のスペースは少なくなっているものの、マグカップ一つを置くには問題ない程度だ。余程集中していたのか、政宗はテーブルにマグカップを置いた音で、幸村が料理を終えたことに気付いたようだった。
「ついでにお湯を沸かしましたので、差し出がましいとは思いましたが」
 すぐに一つしかないマグカップに目がいったようで、政宗が不審そうに訊ねる。
「あんた、自分の分はどうした」
「わたしはすぐに帰りますから。あと、クッキーも置いておきます。藤次郎さんに合わせたものですので、甘みは抑えてあります。よければ召し上がってください」
 政宗と藤次郎の味の好みは、やはり兄弟だけあって似ていた。特に好きなコーヒーの銘柄などは、二人共同じだ。
「ゆっくりして行けばいいじゃねぇか。これも、別に急ぎじゃねぇし」
「いえ!これ以上、政宗さんの貴重な時間を割くわけには!ではわたしはこれで。冷蔵庫の中に料理はしまってありますので、夕食時に温めてください。あと、タッパーに入った煮物は昨夜作ったばかりですので、日持ちすると思います」
 それでは!と政宗が引き止める声も聞かず、幸村は逃げるように政宗の家を出た。残されたのは、どこか呆然と幸村のいなくなってしまった背中をいつまでも見つめている政宗と、政宗の好み通りに淹れられたコーヒーだけだった。マグカップから立ち上る湯気だけが、いつまでもすぐ先程まで幸村がいたことを示すように、細く長く上り続けるのだった。

 政宗のマンションを出た幸村は、駅までの道のり、電源を切っていた携帯電話を取り出した。着信履歴を見てみれば、ほんの数分前に三成からの着信があった。幸村ほどではないにしろ、あまり携帯電話を好まない三成にしては珍しいことだ。何か急用だったのだろうか、とリダイヤルボタンを押した。数回のコール音の後、三成の不機嫌そうな声に繋がった。不機嫌そうなだけで、この声のトーンが彼の普通なのだけれど。
「すみません、幸村です。着信を見たのですが、何かありましたか?」
『別に急用じゃないんだが、兼続から連絡があってな。今夜三人で食事でもどうだ?』
「いいですね。兼続さんにも伝えておいてください」
『ああ分かった。時間が決まったら、また連絡する。ところで、今、出先か?』
 おそらく、時折すれ違う車の音を敏感に感じ取ったらしい。三成の声が少しだけ強張った。
「はい。ただ、用事は終わりましたので、あと一時間ちょっとで帰宅します」
『伊達政宗のところか?』
「……藤次郎さんから、お聞きになったので?」
 ああ、と三成が声のトーンを下げて頷く。これは、本当に機嫌の悪い時に発する声で、幸村は少しだけ慌てた。
「別に、少しだけお宅にお邪魔しただけで、特に何もありませんでしたよ?仕事を熱心にやっておられたので、わたしのことなど目にも入らぬようでしたし」
 はぁ、と重いため息が電話口の向こうから聞こえた。
『若い女が、一人暮らしの男の家にほいほいと上がり込むな。あの男には、そういった噂があると知っているだろう』
 少々咎めるような口調になっているのは、幸村の身を心配しているからだ。けれども幸村は、彼が心配する土俵にすら己が立っていないことを知っている。彼にとって己は、弟の家庭教師でしかないのだから。
「大丈夫ですよ。政宗さんは、わたしをそういった対象で見てくれはしませんから」
『あの男は、女の見る目がないのだよ』
 幸村はそれには直接返さず、苦笑だけを送った。あるいは、自嘲になってしまったかもしれない。
(わたしは馬鹿な女なのだ。もしわたしに、彼の隣りに立つ女性たちの賢さが欠片でもあったのなら、身の程を弁えて、彼に近付きもしないだろうに)
『幸村?』
「なんでもありませんよ」
 今度はちゃんと笑ってみせて、他愛ない会話をして、通話を終えた。久しぶりに政宗と会話が出来ただけで満足だと己に言い聞かせる。本当はそれすらもさもしいことだ、とも。己には、ちっとも釣り合わない。彼の隣りは相応しくない。彼の隣りに居る女性は、誰もきっとわたしよりは、











このままでは幸村が可哀想なので、もう少し続きます。
藤次郎→無双政宗、源二郎→BASARA幸村です。
12/08/16