誰もきっとわたしよりは賢い女 BASARA政宗×無双幸村 ※女体化
政宗は賢い女が好きだ。頭が良いという意味ではなく、どちらかと言えば要領がいいだとか、小器用だとか、気が利くとか、そういった意味合いだ。まだまだ若年で、次期社長と言われてはいるものの、覚えることは山ほどあり、女にかまけている暇はない。私と仕事、どっちが大事なのよ、と訊いてくるヒステリックな女はもちろんお断りだし、こちらの都合も見えずにやたら約束を取り付けたがる自分勝手な女ももってのほかだ。とにかく政宗は、自分に調子に合わせてくれる、ビジネスライクな恋愛しか出来ない性質だったので、次第に寄ってくる女も、そういった手合いが多くなった。政宗に迷惑をかけず、政宗の時間を奪わず、政宗が呼びつけた時にだけ気まぐれに付き合うような、温度の低い関係で満足してくれる女が一番楽なのだ。そういう相手は大概プライドが高く、己を小奇麗に繕うのが上手いから、隣りに立っていても政宗の評判を落とすようなヘマはしない。中には、そういう自分に酔い過ぎて別れる際に揉めるケースもなくはないが、そこは要領の良い政宗だ。口悪く罵られたことはあれど、金銭絡みにまで発展することはない。
そういう女が好きなのだと思っていた。けれども政宗は、ここ数ヶ月、そういった相手との遊びをしていない。繋がっていた女とはどれも自然消滅していた。未練はなかった。要はただの暇潰しのビジネスだったのだろう。政宗の部屋に泊まって行っても、己の私物を勝手に忘れていくような無神経女はすぐに縁を切っていたから、政宗の部屋は政宗の私生活を知っている者が見れば、さぞや健全に見えることだろう。
政宗は真田幸村に懸想していた。彼女とは確かに幼稚園辺りからの幼馴染だが、幼少の頃から大人の中で過ごすことが多かった政宗に比べて、彼女の精神的な成長はいささかゆっくり過ぎた。確かに、他の同級生に比べて顔は整っていたが、どこか垢抜けないところがあって、野暮ったい雰囲気があった。中学生にもなると、政宗も少しずつ父の仕事を手伝い出しており、整った容姿も相まって、自然と女が周りに集まるようになった。大人の女性を見慣れている政宗にとって、身長だけが伸びてそのほかのものが追いついていない幸村を当時は女と見ることすら出来ず、彼女を見る度に、もう少し化粧をすればいいものを、身なりを整えればいいものを、とすら思った程だ。素材は悪くないが、彼女は己を繕うことをあまりに知らな過ぎていた。どちらかと言えば、幸村のぼんやりとした顔よりも、彼女の弟の、幼年から変わらない、人形のように整った顔の方が好みだった。彼女の弟は源二郎と言い、政宗の弟と同い年だったが、幼い頃から彼の顔は凛と整っており、この男が女だったら、とすら政宗が思った程だ。真田姉弟は腹違いの姉弟で、幸村は母の、源二郎は父の血を強く引いたらしく、二人は全く似ていない。これはお互い、性別を間違えて生まれてきたな、とすら政宗は思った。源二郎の人形のように作り込まれた顔の造形が、政宗は大好きだったからだ。
中学までは同じ学校に通っていたが、高校になると離れ離れになった。既に、それに寂しいと思うような繋がりはなくなっていた。家が隣り合っていても生活リズムがかけ離れており、顔を見ることすら稀になった。大学に進めばいよいよ疎遠になって、政宗は、半ば幸村の存在を忘れていた。勉学に仕事に忙しかったこともあるが、それほどまで記憶に留まる存在でもなかったのだ。むしろ弟の方が、あの人形のような子どもはどのように成長しただろうか、と意識に上り、時には悪友たちと一緒に彼に食事を奢ったりもした。あんな野暮ったい、女の自覚のない幼馴染など、興味もなかったのだ。
大学二年ともなれば、大学生活にも慣れ、悪く言えば手を抜く方法を身に付けた頃だった。本格的に仕事に関わるようになった矢先、次期後継者として父に連れられ、とあるパーティに参加した時、彼女と再会した。流石に高校生で背の成長は止まったようだったが、相変わらずの長身で、小柄な彼女の父より頭半分が抜きん出ていた。政宗は一瞬、彼女があの真田幸村だと気付かなかった。緋色の着物には控えめに絞りの桜が散りばめられていて、まるで場に桜がほころんでいるかのような華やかさをもたらしていた。我の強い色のはずが、幸村のひっそりとした雰囲気が上手くその強みを消していて、一輪の華のような鮮やかさを見る者に抱かせた。帯は黒地、裏は菫色をしていて、金糸で文様が入っている程度の地味なものだったが、しだれ桜結びが幸村の若い感性によくマッチしており、控えめな華やかさが美しかった。あの真田幸村は、緋色が似合う女になっていた。政宗はその姿を遠巻きに眺めていただけだったが、誰かに呼ばれたのか、背中を向けていた幸村が政宗の方を向いた。軽く手を振って微笑んでいる先に、そうさせることが出来る人物がいるのだと思い至ってしまったら、政宗はその場から顔を背けていた。
意識すらしていなかった女の変貌が、政宗にもたらした衝撃はいかほどであっただろうか。心臓はばくばくとうるさく高鳴り、反面、体温はすぅと下がっていった。あの女が、女ともすら思っていなかった存在が、誰かの手によってああなったのだとしたら。どうして己は、彼女に見向きもしなかったのだろうか。どうしてその相手は自分ではなかったのだろうか。それが嫉妬であったのか、幼い子どもが大事なおもちゃを取られてしまったが故の癇癪なのか、政宗には分からなかった。ただ、ああ惚れてしまったのだと、政宗は思った。彼女が無邪気に揺らしていた指先には、花弁が綻ぶように零れた微笑には、薄っすらと匂い立つ色気があった。可愛いな、と思った。綺麗だと思った。好きだと心の中で告白をして、ああけれども、きっと既に良い人がいるのだろうな、と思わずにはいられなかった。恋する女が美しいのは、この世の真理だということを、政宗は知っていた。
幸村は、弟に釘を刺したにも関わらず、政宗が無精になるタイミングで、今も足しげく通っている。彼女にとっては仕事の延長でしかないだろう。茶をすすめても長居をすることはなく、業務連絡のような会話を交わすだけで、彼女はすぐに帰ってしまう。彼女は、政宗の知る女の誰とも似ていない。相変わらず化粧気のない顔で、洒落気のない服装で、政宗に媚を売ることのない言葉を吐く。ただし、正装の時は化粧をしているから、手入れはしっかりしているようで、その肌は白くきめ細かく、触れたらきっとすべらかなのだろうな、と不埒なことを考えている。服装も、やはりTシャツにGパンという格好のままだが、古武術の使い手でもあるので、尻はきゅっと引き締まっているし、脚のラインもきれいだ。身体の線が出やすいTシャツを好むらしく、彼女の胸の上で主張している山は、成人男性ならばついうっかり視線を向けてしまう程度には、見事に成長している。
そんな調子は相変わらずだったが、幸村が料理を作りに来るようになって数度目、駄目元覚悟で弁当を作ってくれるよう頼んでみたら、彼女は快く引き受けてくれた。元から時間さえあれば自分で弁当を作るようにしていた政宗だが、数日に一度は幸村の弁当を持参することが習慣となっていた。今も、会社の食堂の片隅で、少し遅い昼食を摂るところだ。
「おっ、この繁忙期に、お前がちゃんと食堂に顔を出すなんざ、珍しいこともあるじゃねぇか」
そうにやにやと現れたのは、現在共同プロジェクトを組んでいる長宗我部元親だ。高校・大学と腐れ縁が続く仲だが、他社のそれもそこそこのお偉いさんでもある為に、学生時代のように邪険には出来ない。政宗はチッと舌打ちをしながら、なんだよ、とジト目で反論しつつ、弁当の蓋を開けた。彼女の弁当はいかにも純和風といった作りになっており、政宗が作る和洋折衷とはどう見ても違う。更に、女性特有の細やかさが散りばめられていて、確かに高級料亭のような華やかさはないかもしれないが、一つ一つの料理が丁寧に作られているのだ。
「それ、政宗が作ったのか?」
料理が趣味でもある政宗は、当然飾り切り一つにしても妥協はしないが、自分の弁当にそんな手間をかけたことはなかった。その辺りのことを見抜いての言葉だろう。妙なところで、敏い男なのだ。
「違う」
「なら、また新しい女?最近は火遊びもしなくなって落ち着いたと思ったんだがなぁ。そういやあ、お前、言ってなかったっけ?女が作った料理なんざ、なにはいってっか分かんねぇから、食えたもんじゃねぇし、そもそも自分で作った方がうまいって」
「……」
本当に、余計なことばかり覚えている男だ。政宗は無視を決め込んで、かぼちゃの煮付けを口に放り込んだ。味付けを控えめにしているおかげで、かぼちゃ本来の甘みが口に広がった。こういう料理が出来る女は、政宗の周りには確かにいなかった。
「もしかして、サナダユキムラさんの手作り?」
「……」
政宗は元親を一瞥したが、やはり何も言わずに食事を続ける。漬物は二種類入っていて、どちらも丁度良い塩加減になっている。政宗は彼女の料理に一度も文句をつけたことはないから、藤次郎が一々口を出しているのかもしれない。
「お前、源二郎の顔好きだったもんなー。その姉ちゃんに惚れんのも、当然っちゃあ当然か」
「あの姉弟は全然これっぽっちも似ちゃいねぇよ」
源二郎は、その目鼻立ちでどこに居ても目立ってしまうが、幸村はその逆だ。多に埋れてしまう。彼女という存在を知覚して、ああ彼女はこんなに綺麗だったのか、と後から驚くことの方が多い。他をも圧倒する存在感がある弟に比べて、姉の空気はひっそりとしていた。
へぇ、と元親が相槌を打つ。源二郎とは面識があるが、幸村とはないようだ。元親の目が、そりゃまたどうして、お前はそうなっちまったんだ、と覗き込んでくる。そんなもの、こちらの方が知りたい。賢い女が好きだ。仕事が出来る女が好きだ。こちらを過剰に意識することなく、政宗の自然体を許容してくれる女が好きだ。己を美しく着飾る女が、己の美しさに自負のある女が、政宗は好きなはずであったのに。
はぁ、と重いため息をこぼした。元親は、楽しげに、
「なんだ、重症だなあ。あの伊達政宗が」
と、揶揄する。人の気も知らないで、と思ったが、事情を知っている人間への感情の吐露は、政宗が思っている以上に気楽になれるもので、いつの間にかぽろぽろと愚痴を零していた。そもそも、元親にこの青くさい恋心を相談している時点で、見得もへったくれもない気がした。いい加減だが気の良い男であることには変わりはないので、結局真剣に相談に乗ってくれる、政宗の数少ない友人なのだ。
「っていうか、料理作りに来てくれて、弁当まで作ってくれるって時点で、脈ありだと思うがねぇ」
「あれは超が付く程の、過保護のお人好しなだけだ」
「それにしたって、一人暮らしの男の家に、雇われてるからって、何度もほいほい上がり込むかぁ?あっちも期待してんじゃねぇの?」
「幸村はそういうんじゃねぇよ。全然危機管理もなってねぇし。っていうか、多分俺がそういう対象に見られてない」
ぶっふぅ!と元親が我慢できない!とばかりに噴き出した。よかった、弁当はもう食べ終えていて、と思うことしか政宗は出来なかった。
「何度もモデルやら俳優やらのスカウトされまくってる伊達男をもってしても恋愛対象になれないって、あんたが大好きなユキムラさんって、どんだけ猛者なんだよ」
そんなもの、こちらが知りたい。己の女性遍歴を知る男にそう言ってしまうのは、己のプライドが許さず、不貞腐れたように顔を背けるのだった。
ちかちゃんは友情出演です。
12/08/19