誰もきっとわたしよりは賢い女 BASARA政宗×無双幸村 ※女体化


 藤次郎は、幸村が好きだった。隣り同士ということもあり、更には兄弟同士が同じ歳ということもあって、学生時代は交流があった。特に、藤次郎の家は母を早くに亡くしており、父も仕事で忙しいとなれば、面倒見の良い幸村は、自然と藤次郎を構うようになった。それは幸村が中学に上がっても変わらなかったが、反面、父の仕事を早く覚えたい政宗は、家よりも父の仕事場に居ることが多くなった。一人きりの家に帰ることに別段思う事はなかったが、幸村はそんな藤次郎を哀れに思ったのだろう。何かと声を掛けてくれていた。母が居たら、こういうものなのだろうか、ともぼんやりと思ったが、藤次郎を産んですぐに亡くなった母だ。不在を哀しむことすら出来なかった。ただ、幸村を見て、母がこういうものであったのなら良いな、と思った程度であった。

 幸村は、五つ離れた藤次郎から見ても、どこか垢抜けない女だった。幼少から顔が出来上がっていた弟に比べ、幸村は格好次第では男にも見えてしまうような顔だちだったが、本人はそれを気にした様子がなかった。それは中学生になっても変わらず、セーラー服が少しだけ浮いてみえた。どちらかと言えば学ランの方が似合うのではないか、と思ってしまう程だった。そんな幸村だったが、高校生になって急に大人びた。年上の者に使う言葉ではないが、藤次郎と幸村の異性に対しての感情は、むしろ藤次郎の方が敏感であったぐらいだから、そう間違いではないだろう。目鼻立ちがはっきりとしてきて、唇などはふっくらと色付いていた。元から背は高かったが、そこに女性らしい丸みと柔らかさが加わり、下品な話ではあるものの、胸も大きく膨らんできた。綺麗になったと、誰も彼もが口にした。昔は同級生の男ともつっかみ合いの喧嘩をしてケロッとしていた女が、華がほころぶように美しくなった。
 それでも幸村の本質は変わらず、藤次郎の世話を何かと焼いていた。この頃になると、兄の政宗はほとんど家に戻らず、会社とどこぞの女の家との往復をしながら高校に通っている様子だった。高校になって学校を別にしたこともあり、政宗と幸村の交流は既になくなっていた。幸村は藤次郎の家に来ると、まず玄関に並んでいる靴を確認する。部屋に上がり、ぐるりと中を見回して、少しだけ落胆しているような、ほっとしているような息をつく。最初はそれにすら気付かなかった藤次郎だが、幸村の行動をついつい注視するようになって、彼女のその仕草の意図を知った。幸村は、時々、本当に時々、政宗のことを口にする。自分などがその名を呼んでいいのだろうか、と、おそるおそる、まるで大事な宝物のように、政宗の名を丁寧に紡ぐのだ。
 ああ、幸村は政宗のことが好きなのだな。
 そう察することは容易かった。同時に、藤次郎は己の失恋を知った。幸村が今のように美しくなったのは、政宗の為だ。ならば、自分の出る幕はなかろう。この胸にある想いは初恋だったが、同時に母に抱くような憧憬の情も育てていた藤次郎は、自分でも呆れてしまう程簡単に、その想いを切り替えることが出来た。

 それから数年、政宗と幸村は一度も顔を合わせることがなかったらしい。その事実が藤次郎の溜飲を僅かに下げたものの、幸村を気の毒に思ったことも確かだった。彼女はあんなにも綺麗になったのに、一番に見てほしい男はそれを知らぬのだ。上辺だけの恋愛にかまけている兄を尊敬することなど出来るはずもなく、政宗と藤次郎の仲は会えば憎まれ口を叩く関係になってしまった。いじらしく、政宗の様子を訊ねる幸村を知っているか。恥かしそうに、それでも聞きたいと、藤次郎に問い掛ける、あの切なげな姿を。勿体ない、と思う。あの兄に、幸村は相応しくはない。

 藤次郎が高校生になり、幸村との会う頻度も少なくなった。おそらく遠慮しているのだろう。高校生と言えば、政宗が女遊びを覚えた時期だ。幸村なりに思うことがあるのかもしれない。けれども藤次郎は、女を作ることはなく、部活に入ることもなく、至極真面目に高校生活を送っていた。相変わらず家は一人だったが、寂しいと思うことはなかった。最初から、そういうものだったのだ。ただし、二人の兄弟の父は、こと息子達を可愛く思っており、母のいない身の上を哀れに思っているようだった。その話が上がったのは、父からだった。政宗が仕事を手伝うようになって、多少の負担は減ったのかもしれない。政宗はまだ会社で残業しているようだったが、珍しく帰宅した父は、ネクタイを緩めながら、開口一番、藤次郎に告げた。
「隣りの幸村くんに、お前の家庭教師をお願いしておいたからね。話を持ちかけたら、喜んでやってくれるって。お前も慣れた人の方が気が楽だろう」
「お言葉ですが父上、家庭教師が必要な悲惨な成績ではありませんが」
 兄弟は揃って気難しい性質をしているが、父は本当にこの二人の兄弟か、と思わせる程度に鷹揚だった。父の威厳、という言葉からは遠い人だが、この父が本当に二人のことを想っていることを藤次郎は知っており、今日だって仕事に無理を言って帰ってきたのだろう。どうしても父に強く出ることが出来なかった。
「それは知ってるよ。お前達兄弟は、揃いも揃って出来が良いからね。父さんは鼻高々だ。ただ、そういうのではなくって、このごろ物騒だろう?やはり一人で置いておくというのも心配だし」
「私はもう子どもではありませんが、」
「分かっているよ。ただね、親の心配事というのは尽きぬものだから。幸村くんだったら、父さんも安心して任せることが出来るしね」
 既に決定事項のようで、藤次郎の反論など流してしまっている。別段、不満はなかった。中学生まではそれが当然だったのだ。
「それにしても、久しぶりにあの子を見たけれど、綺麗になったねぇ」
「見たのですか?どちらで?」
「先日の、ちょっとしたパーティでね。政宗なんかは、特にびっくりしてたなぁ。政宗があんなに感情を露にしてるの、久しぶりに見たよ。女の子はすごいねぇ、しばらく見ない内に、すぐ大人になっちゃって」
 ふふ、と父は笑って、久しぶりにどこか食事に出掛けようか、と言った。けれども藤次郎は、父の言葉をうまく咀嚼出来ず、反射のように頷くことしか出来ないのだった。

 父が帰宅して三日後、政宗も顔を出した。連日徹夜が続いているのか、目の下には隈が出来ており、身だしなみに気を遣う兄にしては、髪も服もよれよれだったが、あの鋭い眼光だけはそのままだった。まあ、目付きが悪いと言われるのはお互い様だが。
 政宗は藤次郎を睨み付けるなり、開口一番言った。せっかちなところは、多少父に似ているのかもしれない。
「家庭教師、雇うって?」
 ああ怒っているな、と藤次郎は冷めた頭で思った。父が教えたのだろう。きっと父も、政宗が反対するとは思っていなかったに違いない。
「父上が強引になさったことだ。わしは知らん」
「家庭教師が必要なほど、てめぇは頭が悪いのか」
 政宗はそう言ってみたものの、女と仕事にかまけて学業を疎かにしがちだった政宗に比べて、藤次郎は二ランク程上の高校に行っている。政宗が、成績云々を指摘出来る立場ではなかった。
「それは我が兄上がよく知っておろう。弟までが兄のように性質の悪い遊びにふけることのないようにとの、父上の配慮であろう」
 藤次郎は、何をそうも怒っておるのだ、と涼しい顔をして、すとんとソファーに腰掛けた。兄もようやく、己が立ったままの状態であることに気付いたようで、藤次郎を睨み付けながら、乱暴に腰を下ろした。
「何が不満じゃ。幸村がわしにかまけるのが気に入らんのか?幸村まで囲いたくなったのか?」
「…うるせぇよ」
 そんなわけあるか、このクソガキが、とでも飛んでくるかと思ったが、生憎と反撃は弱かった。ほぅと目を細めた藤次郎に、政宗はクソッと悪態を吐いて、近くにあったクッションを殴り付けた。
「なんじゃ、幸村に惚れたは真か」
 呆れた声音になってしまったのは、仕方がない。だってこの男は、幸村に見向きもしなかったではないか。もしかしたら、幸村の存在すら忘れていたかもしれない。薄情な男だ、勝手な男だ。けれども幸村は、この男を想い続けている。何年も何年も。どうせ叶わない恋なのだと、悲しげに言いながら、それでも、何年も何年も、
「父上が、この前久しぶりに幸村を見たと仰っておったわ。貴様もその場に居ったのじゃろう」
 じろりと政宗の目が藤次郎を射抜く。何に対しての、抗議なのか。生意気な弟に対する苛立ちなのかもしれない。そんなもの、藤次郎にとって屁でもない。
「あれが変わったのは、高校辺りじゃろうか。ずっと恋をしておるのだと。自覚をして、五年だったか七年だったか。ずっと同じ相手が好きなんじゃと」
「……訊いたのか」
 力のない声だった。藤次郎はそれをからかう気にもなれず、いつもの調子を返した。
「一緒におれば、すぐに分かることじゃ」
 ガッと政宗はクッションを握り締めて身体を起こしたが、それを藤次郎に投げ付ける前に我に返ったのか、力なくソファーに沈み込んだ。男も女も、往々にして嫉妬という感情は醜いと藤次郎は思うが、この男の嫉妬になりきれぬ激情は、むしろ哀れに見えた。妙なところで臆病な性質なのだ。
「貴様の薄っぺらなぽっと出の感情など、安っぽいことこの上ないわ。貴様は貴様の上辺にしか興味のない女共とよろしくやっておればいいのよ」
「ケツの青いガキが、知った口利くんじゃねぇよ。恋の一つもろくにしたことがねぇくせに」
「貴様は何かにつけて、ガキだなんだと言うが、幸村は今のわしの歳から、ずっと同じ想いを抱き続けておるのじゃぞ。それを貴様は、子どもの感情だと言うのか。子どもの恋愛ごっこだと軽く見るのか」
 藤次郎の声には強い険があった。恋などしたことがない、と言われるよりも、幸村の感情を軽く見られることに苛立った。何も知らぬくせに。幸村がどんな気持ちで政宗への想いを育てているのか、その切なさや苦しみの欠片も知らぬくせに。
「幸村は、」
 その言葉の先はなかった。政宗自身、思考とは別のところで声に出してしまったような様子だった。ただその姿は、常に余裕をまとっていなければ気が済まない、取り繕った兄とは似ても似つかぬ、あまりにも切実なものだった。藤次郎は、政宗の声に含まれる本気を感じ取って、嫌な気分になる。今更だろう。藤次郎は、手放しで彼らの恋愛を応援出来ない。幸村が想い続けた数年が、幸せだったとは思わない。苦しかったろう、悲しかっただろう。彼女はちゃんと報われるべきであり、この男は彼女の痛みも苦しみも、何もかもを思い知るべきだ。
 そう思ってはみたものの、恋愛下手のこの男が見せる横顔はあまりにも哀れで、藤次郎は視線を外すしかなかった。

 結局政宗の反対は受け入れられず、幸村は今でも藤次郎の家庭教師として通っている。兄の応援はしたくはないが、幸村の為に何か出来ないか、という矛盾に、藤次郎も板挟みになっているのだ。











政宗父は、ゆるふわなイメージ。この兄弟は母親似です。
12/08/19