誰もきっとわたしよりは賢い女 BASARA政宗×無双幸村 ※女体化


 三成や兼続は何かと同情してくれるが、幸村には、みじめな恋をしている、という自覚はなかった。ただ、不毛であることは、幸村が一番に分かっていた。一生届くことのない想い、一生告げることのない言葉。この恋にくたびれたことも、一度や二度ではない。それでも、好きなのだ。苦しいとうめく。悲しいと嘆く。さびしいと泣く。それでも、幸村は政宗のことが好きなのだ。たとえ、彼が己のことを知らなくても、彼が己のことをなんとも思っていなくても。成就することだけが、恋ではないだろう。

 どこが好きなのだ、どこに惚れたのだ。そう訊かれることは多い。幸村はその問いに、いつも曖昧に笑って、さぁもう忘れてしまいました、と誤魔化すのだけれど、親しい者たちは気付いているだろう。話したくはないのだ。幸村が大事大事に抱えていたいと、己だけの秘密である、と。大切な宝物を一人占めしたいだけなのだ。
 政宗は幼い頃からのお隣さんで、同じ学校に通っていれば、顔を合わせないことの方が難しい程の間柄だった。政宗は幼少期から見目の整った子どもで、同級生よりも少し大人びた考え方をする子どもでもあったので、女子には大そう人気があった。声変わりも同級生たちより早く、変貌を遂げた声には大人を匂わせる落ち着きがあった。その上、運動神経も良く勉強も出来たので、幸村にとってはまさに自慢の幼馴染だった。政宗は、あまり口数が多い方ではなかった。どこか影のある、斜に構えたところもあって、近寄りがたい雰囲気があったのは確かだった。けれども幸村は、数年来の付き合いという無意味な自信もあって、彼に話し掛けることに躊躇いはしなかった。まだ、幸村がこの想いを自覚する前の話だ。
 中学生にもなると、政宗は学校の勉強に加えて、家の仕事の勉強も始めたようだった。近寄りがたい雰囲気は更に強くなって、幸村も幼馴染の特権を行使することは出来なくなっていた。その頃の彼はどこか世間に対して冷めた目を持っていて、あの冷ややかな目で見られることが、幸村もこわかったからだ。ただ、女子の人気は相変わらずで、政宗くんと家が隣同士だなんて羨ましい、と何度も同級生たちに言われたものだ。確かに家は今でも隣同士だが、彼との会話は最早なく、もっぱら藤次郎ばかりを構っていた幸村は、その言葉を否定することしか出来なかった。幼馴染なんて、子どもの時分の話だよ、と。別段、当時は寂しいだとか悲しいとかを思うことはなかった。幸村の中でも、政宗が占める割合は少なかったようだ。
 中学生もそろそろ卒業か、という頃だった。二月か、三月か。その辺りだったろう。幸村は上背も高く、男子に紛れても変わらないぐらいだったので、男子に紛れて遊んでいることもままあった。室内でおしゃべりをしているより、外で身体を動かす方が好きだったのだ。中学生というのは難しい年頃で、ちょっとしたふざけ合いが本気の喧嘩に発展することもあった。そうなれば、男子だとか女子だとか関係なく、ただ取っ組み合っての喧嘩になった。幸村は上背はあれども、そのほかのおおよそ女らしい器官は発達していなかったので、相手も幸村の胸倉を掴んでも気にならなかったのだろう。その場の空気に流されるように喧嘩をして、ただし暴力は好かなかったので、頭を庇って身体を丸めていた。数人の男子がもみ合いへし合いの喧嘩は注目を集めていたが、間に割って入って止めるのは困難だった。そこで、機転をきかしたのが政宗だった。バケツいっぱいの水を、思い切りかけたのだ。まだまだ冬の盛りで、コートが手放せぬ時期だった。喧嘩の熱も一気に冷める。身体を縮めていたことが幸いしてか、幸村はほとんど濡れることはなかった。何が起こったのか分からず、ぽかんと呆ける場をよそに、男子に混じっている幸村の腕を掴み上げて、政宗は幸村を引き摺るように歩き出した。幸村はわけが分からず、政宗の後に続いた。遠くで先生の怒鳴り声が聞こえていた。戻らなければ、と、幸村は思ったが、幸村の腕を掴む政宗の力が案外に強く、幸村は抵抗すること自体を忘れた。誰もいない校舎の影で、政宗はようやく足を止めた。
『女のくせに、取っ組み合いの喧嘩なんかしてるんじゃねぇよ』
 それはまさに正論以外の何ものでもなかったが、幸村は久しぶり政宗の声を聞いたことにびっくりしていた。政宗さんはこんな声だったかな、とすら思った程だった。遠い存在となってしまった幼馴染に、幸村はようやく一抹の寂しさを感じた。
 政宗は返答のない幸村にも対して気にした様子もなく、振り返って幸村の頭から先っぽまでをじろじろと眺めた。品定めをされているようで居心地が悪かったが、幸村は少しだけ身体を身じろぎさせただけだった。
『濡れたか?』
 政宗が幸村の顔を覗き込む。いいえ!と咄嗟に返事が出ず、ぶんぶんと首を振った。政宗は癖になりつつある険しい表情を作って、本当か?と更に問い掛ける。はい、はい、と声を出す代わりに、今度はこくこくと頷いた。きれいな顔だな、と幸村はようやく政宗の外見の良さを実感した。同級生たちは政宗くんってカッコ良いよねーと騒ぐが、それをただの言葉だとしか捉えていなかったのだ。整った政宗の顔、すらりと伸びる政宗の指。同級生の男の子たちとは違う、落ち着いた大人な雰囲気。ああ、彼女たちが騒ぐのはそういう意味だったのか。ようやく気付いたその意味合いに、幸村は顔を赤くした。カッコ良い、なんて子どもの憧憬だとばかり思っていたのに。誰かをカッコ良いと思うのは、そういう意味なのか。
『幸村?』
 黙り込んだまま赤面している幸村を不審に思った政宗は、幸村の名を呼ぶ。今までだって、何度も呼ばれていたはずなのに、幸村は面白いくらいに動揺した。
『風邪でもひいたか?やっぱり水、かぶってんじゃねぇか。ほら、貸してやるから、さっさと着て帰れよ』
 ほら、と、今まで政宗が着ていたコートを脱いで、幸村に差し出す。え、と、幸村が顔を上げる。中々受け取らない幸村に焦れたのか、強引に幸村の手に押し付ける。掴まなければ落ちてしまう、と咄嗟に思って、幸村もそのコートの端を握った。手間かけさせるんじゃねぇよ、と言いながら、そのままぐいぐいと幸村の手に握らせて、政宗はすぐにその場から去ってしまった。取り残された幸村は、コートを握り締めながら、ただ呆然とするしかなかった。結局、幸村は風邪をひいてしまい、次の日は学校を休んだ。幸村が手の中のコートを着る、という選択肢に思い至ったのは、帰路についてしばらくしてからのことだったからだ。更に言うなれば、政宗も三日ほど熱を出して休んだ。自分のせいだとは分かっていたが、それを同級生たちに言うことが出来なかった。
 政宗くんて、ちょっと冷たそうだよね。そう同級生たちが言っていた。違うよ、政宗さんは優しいよ。ちょっとぶっきらぼうだけれど、とってもとっても優しいよ。幸村は、そうやって反論することが出来なかった。幸村の知る唯一を、誰かに知られてしまうことが嫌だったからかもしれない。わたしだけが、あの人の優しさを知っている。今思えば、なんとも思い上がった考えだったが、当時の幸村はその事実だけが嬉しかった。まだ、恋が何かも知らなかったのだ。

 その後、二人は別々の高校へと進んだ。いっそう距離は離れて、会うこともなくなった。弟の源二郎は、時折政宗に食事をご馳走してもらったりしているようだったが、その鉢が幸村に回ってくることはなかった。幸村は源二郎から聞く政宗の話で十分満足していたし、彼の弟である藤次郎との繋がりが幸村を慰めていた。政宗が自宅のマンションに帰ることすら稀になってはいたが、それでも数ヶ月に一度ぐらいは彼を見かけることもあって、幸村はちらりと彼を見られるだけで満足していた。好きだと自覚したのは、その頃だ。元から整っていた政宗の容姿は更に磨きがかかっていて、男らしくなった肩幅や、すらりと伸びた足、何より精悍さを兼ね備えた彼の姿に、周りの女性たちは彼を放っておかないだろうな、とそういったことに疎い幸村にですら想像させることは容易かった。やはりと言おうか、政宗の主に女性関係の噂は絶えることはなかった。違う学校に通う幸村にまで届くのだから、相当と言えるだろう。幸村が通う大学でミスに選ばれた女性との関係も噂されたことがあった。その彼女と直接の面識はなかったが、いわゆる知的美人に分類される女性で、確かに政宗の隣りお似合いの人だった。
 大学の先輩である三成や兼続は、幸村の長い思慕を知っていた。何故あんな男に、というのが彼らの口癖にもなっていて、幸村はその度に曖昧に笑みを繕っていた。その何割が正しいのかは分からないが、とにかく噂に事欠かない政宗に、兼続などは本気で憤慨しているようだった。不義甚だしい!と怒っていたが、幸村はただ、
『政宗さんは優しいひとですから』
 と、言うだけだった。流石に想い人の前でその人物を悪く言うことも出来ぬ、と、人の善い二人は口を閉ざしてしまう。彼らは、不幸だと言う。憐れだと言う。けれども幸村は、ただただ笑いながら、それでも彼が好きなのです、と言うことしか出来なかった。











段々書いてて、幸村さん可哀想!!ってなってきた。
12/08/19