誰もきっとわたしよりは賢い女 BASARA政宗×無双幸村 ※女体化


 幸村は、政宗の海外への転勤を、藤次郎の口から聞いた。知り合いという立場ではあるものの、仕事に関わっているわけではない。政宗がそれを伝える義務はなかった。
 転勤は急に決まったことらしく、明日には飛行機に乗らなければならないというのに、政宗は借りていたマンションの片付けに追われていた。とは言え、元々寝泊りの場所としていただけあって、物自体は少ない。業者に任せる程でもなく、半日も集中してやれば、ほとんどがダンボールの中へと消えて行った。

 幸村はまたしても藤次郎に発破をかけられて、弁当を片手に政宗のマンションまで来ていた。政宗が海外に行ってしまえば、会うのは少なくとも一年後になるらしい。それでいいのか、と藤次郎に背中を押されたものの、今更どうすればいいのか、という気分が大半だった。想いを告げて、どうなる。もう二度と顔を合わせられなくなる可能性すらあるのならば、このまま何も言わずにいて、いつか帰ってくるだろう時に、また時々料理を作りに通えるぐらいの関係でも。幸村は無意識に、弁当の入っているバスケットの取っ手を握り締めた。これで最後なのだから、言ってしまえと思う自分と、一年後にはまた会えるのだから、ここは黙っていろ、と諭す自分がいる。七年だ。七年の片恋が、八年に増えるだけだ。一年も、と言えるのか、一年だけと言えるのか、幸村自身も分からなかった。
 初めは押せなかったインターフォンも、数度の来訪のおかげで押せるようになっていた。やはり、緊張はするけれども。音を聞いて、政宗が直接ドアを開ける。お互いがお互いの存在を確認して、僅かに沈黙するのもいつものことだ。
「ああ、いつも悪いな。上がってくれ」
 と、促す。幸村は政宗が支えているドアを引き受けて、遠慮がちに彼の家に足を踏み入れる。備え付けられている物も多かったようで、大きめなテーブルやベッドはそのままだ。ただ、ベッドカバーは自前のものだったらしく、今ではパイプベッドの骨組みがそのままむき出しになっている。ベッドの上に腰掛ける政宗と向かい合うように、テーブルを挟んで幸村も床に座った。幸村の来訪を聞いていた政宗は、まだクッションを片付けていなかった。こういう気遣いが、ありがたいけれど切ないな、と幸村は少し思った。

 場はほとんど無言のまま、食事が始まった。幸村がこの部屋で食事を摂ったことはなく、常に政宗の分だけを作っている。今日も、政宗の分の弁当だけを持参している。夜には自宅の方に帰ると聞いているから、昼食分だけだ。まだ作業中だと食事もしにくいだろう、と思った幸村は、簡単につまめるようにと、おにぎり主体の弁当にしたのだが、少しばかり後悔した。最後になるのならば、もっと腕を振るえばよかった。
 政宗はいただきます、と手を合わせて、黙々と物を口に運んでいる。それを凝視しているのも居心地が悪いだろうと、持参した水筒にお茶を入れて出した後は、居心地が悪そうに部屋を見回している。結局政宗は、一度として幸村の料理に文句を付けたことはなかった。うまかった、ありがとう、とは言ってくれるが、それはきっと、政宗の優しさだろう。
「テレビ、もうちょい置いたままにしとけばよかったな。退屈だろう」
 食事の合間に、政宗がそう言う。幸村はそれに大袈裟に手を振って、
「いえ、すぐにお暇しますので!本当に、お気遣いなく」
「あんたは、いつもそればっかだな」
 そう言って珍しく、政宗が笑った。誰かに向けたものではない、幸村だけに対しての笑みだった。仕事用の、どこか繕ったものではなく、伊達政宗という等身大の笑顔だった。ああ、好きだ、と幸村は思う。わたしがあなたの目に映ることはなくとも、これだけは変わらない感情です。幸村はそれを伝えることはせず、そっと目を伏せた。

 食事も終わり、幸村が手早く片付ける。彼の笑顔が見れたのだから、もう今日は満足だ、一年だろうが二年だろうが、わたしはもう満足だ。そう思って幸村はさっさと帰ってしまおうと立ち上がった。それを、政宗が遮った。彼はいつだって幸村に無関心で、幸村が用事を済ませてすぐ帰ってしまっても気にも止めなかったのに。今日に限って、いや、今日だからなのかもしれない。政宗が、なぁ、と幸村に話し掛けた。幸村は立ったまま、ただ彼の言葉を聞いた。
「好きなやつ、いるんだってな」
 なんの嫌がらせだろうか、と思ったことは確かだ。自分には無関心のくせして、何故問うのか。幸村は直接の回答は避けて、ぽつりと呟いた。
「…藤次郎さんが言ったんですか」
「…わるい」
 政宗を責めるつもりもなかったし、藤次郎とて同じだ。彼らは本当のことしか口にしていない。好きな人がいますよ。それはあなたですよ。そういう流れを見越して、藤次郎は彼に教えてしまったのだろうか。怒る気にはなれなかったが、この話題は嫌だな、とは思った。どこでボロを出してしまうのか分かったものではなかったからだ。最後の最後、彼に恨み言の一つも言っても良いのではないか、と一瞬だけ、そんな思いが脳裏を過ぎった。わたしが不毛の恋をしているのは、あなたのせいではないのに。
「別に、構いませんよ。本当のことですから。望みのない恋です。七年も同じ相手を想っているだなんて、自分でも笑っちゃうぐらい滑稽で」
 ふふ、となんとか声を搾り出した。笑わなければ、と思った。笑わなければ、泣いてしまいそうだ。
「笑うなよ。それだけ真剣なんだろ。もっと胸張れよ」
「いいんですよ、無理に慰めて頂かなくとも。いい加減諦めなければと思っているのですが、駄目ですね。会わなければその分想いが募ります。会ったら会ったで、好きだと自覚するばかりで。本当どうしようもないものです」
「告白すればいいだろ。そんだけ一途に想われて、相手の男も悪い気はしねぇよ」
 ああ本当に、なんてひどい嫌がらせだろう!どうして想っている相手に、そんなアドバイスを受けなければならないのか。ひどい、と言えばよかったのか。魔が差したと言い訳して?こんな自分勝手な感情で?彼は気まぐれに己の恋愛に口出ししてみただけの、ただそれだけのことだろう。わたしの恋が結ばれようが、振られようが、彼には全くこれっぽっちも関係のないことだ。
「わたしのことはいいんです。気にしないでください」
 それでは、と幸村は軽くなった弁当を肩にかけて、彼に背を向けた。背中に視線が刺さっている。そんな大して興味がないくせに!悔しい悔しい悔しい悔しい!好きで好きで、気が狂いそうな程に、ただ彼が好きだ。その目に自分を映してほしいと思う。その声で自分だけを呼んでほしいと思う。その腕で抱き締めて、わたしはその身体に縋り付いて、ただ好きだ好きだと囁いていたいと思う。そういう願望がないわけではなかった。ただ、無理だということは重々知っていた。わたしは、だから賢い女になれなくて、だからわたしは、あなたの目にすら映らないのだ。悔しい悔しい悔しい―――かなしい。
「あちらでもお元気で。またお会い出来るといいですね」
 一歩一歩、ゆっくりと歩を進める。後ろでぎしりと床が鳴った。政宗がベッドから立ち上がった音だろうか。廊下へと一歩足を踏み出す。ここから玄関までは一直線だ。さびしい、かなしい、くるしい。色んな感情がぐるぐると混ざり合って、もう何が何だか分からなかった。

 ねぇ、ねぇ、政宗さん、
「あなたです」
 さびしいけれど、かなしいけれど、くるしいけれど、くやしいけれど、それ以上に、あなたがいとおしいのです。
「わたしが七年間ずぅっと追い掛けていた相手は、あなたです。ずっとずっと好きでした。これからも、ずっとずっと好きです」
 幸村は、そう言って逃げた。言葉尻には涙が混じっていた。情けないなと思ったが、流れる涙を拭うよりも、早く逃げなければ、と思った。出口はすぐそこだ。スニーカーに足を突っ込んで、ドアノブに手を伸ばす。ここを出てしまえば、わたしの言葉もすぐになかったことになるんでしょう?幸村は縋るようにドアノブをひねった。けれども、ドアノブは回らなかった。後ろから伸びるすらりとした手に、幸村の指ごと握り締められていたからだ。



***



 幸村に告げられた言葉の意味が瞬時に理解出来なかったのは、本当だ。ただ、彼女がまさに逃げようと走り出したことによって、政宗は追わなければ!という強迫観念に襲われた。ここで彼女を帰してしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。自分にとっても、もちろん彼女にとっても。大きなテーブルを飛び越えるようにまたいで、玄関へと向かう。幸村の手は既にドアノブへと掛けられていて、間に合え!と念じながら、幸村がドアノブを回さないように、強引に幸村の手の上からドアノブを押さえ付けた。意図せず触れてしまったせいで、政宗も動揺した。いや、先程から動揺しっぱなしなのだ。七年も一途に想っている幸村の、あの切なそうな苦しそうな声を聞いてしまったからだ。ああ本当に、彼女はずっとずっと好きなのだ。脇目も振らずに、たった一人を一途に想い続けて。羨ましいと思った。悔しいと思った。それ以上に、その相手が自分であったのなら、そのような想いはさせないのに、と強く強く思った。それが、なんだ。幸村の告白は、むしろ懺悔に近いものだった。あなたが好きです、すいません。そう言っているようだった。だからあの弟は、己の想いに憤っていたのか。なにを今更、と言いたかったのだろう。今まで見向きもしなかったくせに、急に好きになっただの、惚れた腫れただの。

 幸村は泣いているようだった。女の涙は打算まみれで、政宗は嫌いだった。けれども、幸村のこれは違う。何も知らぬくせして、違うと言い切るのか、馬鹿め。居もしない弟の声が聞こえた気がした。
「幸村、」
 泣くな、こっちを向いてくれ。言いたいことが言葉にならず、名を呼ぶことしか出来なかった。幸村はびくりと身体を震わせて、それでもこちらに背を向けたままだった。縋るように、握り締めている手に力を込めれば、彼女が息を飲んだ音が聞こえた。こんなにも近い距離に彼女がいるのに、政宗には彼女を泣き止ます手段一つ分からなかった。
「幸村、俺も、幸村が好きだ。―――好きだ」
 幸村はやはりそのままの体勢で、震えた声を発した。泣かせたいわけではないのに、
「同情は、いりません」
「同情じゃない」
「嘘は、いりません」
「嘘じゃない」
「あなたは優しいから、」
 幸村は、まるで独白するように呟いて、ゆっくりと振り返った。幸村の瞳からぽろぽろと零れ落ちる雫を見たら、もう駄目だった。考えるよりも先に身体が動いた。後ろのドアに手をついて、幸村が逃げないように、更に身体を密着させた。握り締めていた指を少しだけ解いて、幸村の指に絡み付ける。驚く幸村の表情は確かに見えていたが、政宗は構わずに顔を近付けて、零れる雫に唇を寄せた。舌の上を転がる涙はやはりしょっぱくて、彼女の切なさの吐露のように思えた。唇越しに伝わる彼女の肌はやはり滑らかだった。目尻から頬を辿り、顔のラインをなぞる。しばらくはされるがままの幸村だったが、唇同士が近付くと、このままではいけないと思ったのか、空いている方の手で政宗の胸を押して抵抗を見せた。政宗はようやく幸村から顔を離して、抵抗の弱い幸村の身体を抱き寄せた。髪に顔を埋れさせるように、幸村の身体を強く抱き締める。香ったシャンプーのにおいの爽やかさに、ああ幸村らしいな、と場違いなことを思った。
「全部、全部、ほんとだ。幸村、好きだ。もう切なさも苦しみも、必要ないから。全部俺が受け止める。今まで悪かった幸村。もう、いいんだ」
 政宗の胸の上に置かれていた幸村の指が、ぎゅうと政宗の服を握り締めた。幸村の顔があたっている肩口にじわりと温もりが広がった。泣くなよ、と政宗は笑った。政宗自身、泣きそうになっていたからだ。いとしいという感情を、政宗は初めて知った。
「なあ、今日は帰したくない。いや、違うな。このまま一緒に連れて行きたい」
 息を飲む幸村。そっと顔を上げて政宗の顔を見た。泣き顔もきれいだ、とは思ったが、この涙が引っ込んでくれた方が何倍も嬉しい。政宗は先程のように涙を拭う振りをして、幸村の唇に吸い付いた。そうされるとは思っていなかったのか、腕の中の幸村は身じろぎをしていたが、政宗の口が離れるのを見計らっていたのか、今度は幸村の方からキスが降って来た。背伸びをして、控えめに政宗にしがみ付いてくる幸村が健気で、政宗はもう一度、彼女の唇に己のそれを重ねたのだった。











ザ・ハッピーエンド!
この後絶対にお泊り展開だよね、まーくんが、明日出掛けたくない、とか幸村と一緒に寝ながら言っちゃうんだよねー。
あとあと、帰るって宣言してたくせに、やっぱりこっちの家に泊まるってなった時の、ムソ宗さんの絶対零度の対応とか。
その後の話も色々考えてはいたんですが、蛇足かな、と思ったので、続きは皆さんの妄想の中で!
12/08/19