受け入れましょ いっさいがっさい 宗茂+幸村 ※捏造大坂夏の陣


※結構ひどいです。
  我が家の宗茂と幸村は似た者同士です。お互いどストレートな人でなしです。





「ああ、ここに居たのか」
 と、宗茂は手を上げた。幸村は会釈をして、返事の代わりに手にしていた槍を軽く持ち上げた。
「火の勢いは?」
「いまいち、と言ったところでしょうか。硝煙倉を爆破出来れば良かったのでしょうけれど、既にもぬけの空です。ただの土蔵ですよ、あれは」
 そうのんびりと会話をしている間も、二人の脇を兵達が忙しそうに駆けて行く。逃げる為か、生き延びる為か。二人はちらりと視線をやっただけで、彼らとは反対の方向へと足を進めた。互いの得物から滴る血が、二人の歩に合わせてぽたりぽたりと垂れる。最早、それを不浄だと言って眉を寄せる人もいなかった。かの人は今頃どうしているだろうか。小さな部屋の隅っこで震えながら、自害ごっこをしているのかもしれない。

「お前はこれからどうする」
 宗茂は襲い掛かってくる雑兵を斬り捨てながら訊ねる。幸村も同様に斬り伏せながら、そうですねぇ、と考える素振りを見せた。既に二の丸三の丸には敵の兵が溢れかえっていた。もっと早くに火をつけるべきだった、と幸村は独白した。あまりにも往生際が悪い。どうせ負けるにしても、死ぬにしても、潔く美しく散るべきである。
「このままここで誰かの手柄になるのも、腹を召すのも、混乱に乗じて落ち延びるのも、"わたしらしく"ないと思います。ですから、そうですね、最後に家康どのの陣でも脅かしに行って来ましょうか。運が良ければ、どことなりとも撤退できましょう」
 まるで散歩に行くような気楽さだった。宗茂は、お前らしいなあ、と笑った。
「で、運が悪ければ?」
 彼の声の調子は、まさに世間話の気安さだった。幸村は、その軽さを不快に思うでもなく、幸村も同様の調子でその先を言った。二人を指して、おそろしい人です、と言ったのは毛利勝永だったか。今頃は秀頼君の介錯を無事終えて、己の首に刀を当てている頃合だろうか。お前らはこの大坂でも一番の気ちがいだ、と己の性質を知りながら二人を槍玉に挙げたのは、後藤又兵衛だった。幸村は又兵衛が羨ましかった。又兵衛の死に様が、一番に幸村の理想に近かったからだ。わたしは悪運ばかりが強くって、本当にいけない。幸村が後にそう思っていたことを又兵衛が知ったら、彼は怒るだろうか、呆れるだろうか。
「まあ、死ぬだけです。いっそのこと、家康どのの目の前で、自分で自分の首をはねてみましょうか。やって出来ないことはないと思うのです」
「おそろしいことを言う男だ」
 からからと宗茂は笑う。二人の周りには、物言わぬ骸が転がっている。それでも減らない雑兵たちだが、敵わないとようやく覚ったのか、遠巻きに二人を取り囲んでいるだけで、攻撃してくる様子はなかった。殺伐とした場の空気に似合わぬ、一見和やかにも見えるやり取りが空恐ろしくなったようだった。

「宗茂どのはどうなさいますか?」
 幸村は槍先に付いた血を振り払いながら訊ねる。宗茂の得物もそうだが、これだけ多くの血や膏にまみれているのに、一向に切れ味が衰えることはなかった。
「降伏するさ。既に俺には戦う理由はないからな。俺をここまで引っ張った意地や矜持も、もう死んでしまった。余生を気ままに過ごすさ」
 宗茂の本質はあくまで風であり、彼自身は戦う意味も理由も、意地も矜持も持っていなかった。ただ彼に、この戦場で吹き荒れてくれ、と頼み込む者が居て、その者には意地があって、矜持があって、それ故の戦働きだった。その全てが失われた今、宗茂には戦い抜く意志がなかった。清正もァ千代も、もうこの世にはいない。
「伝言があれば聞くが」
「どなたに?」
「政宗だ。正面から白旗を揚げるのも芸がないだろう。ここは昔のよしみを頼って、政宗に匿ってもらうさ。あれは天邪鬼だが律義者だからな、迷惑そうにするだろうが悪いようにはしないだろう」
 へぇ、だか、えぇ、だか、幸村は相槌を打った。特に思う事はなかったのかもしれない。冷たいやつだな、と宗茂が幸村の変わらない表情を振り返って呟いた。宗茂は、政宗と幸村の関係を知る数少ない一人だったが、その宗茂ですら二人の関係を正しく表す言葉を知らない。二人の釣り合いの取れない想いの重量は、相手に届くことなく、肺を押し潰す重みだけが残った。政宗はまさに、強すぎる想いを抱えてしまったが故に、その想いに苦しむ羽目になってしまった。

「お前も一緒に行くか?みすみすお前を征かせてしまったとばれたら、あの男はうるさそうだ。俺はお前に行くな行くなと追い縋ったのだけれど、人でなしのお前はそんな優しい俺の好意を無碍にして、一人で征ってしまったのだ、と。世間は俺の言葉を信じるだろうな。政宗は、」
「何故征かせてしまったのだと、あなたを詰るでしょうね。わたしが、わたしの意志でもって、わたしの願望でもって、その結末を選んだとしても」
「止められんと分かっておきながら、何故止めなかったと、あの男は俺に言うだろう。己であれば、たとえ手足を縛ってでも征かせはしなかったのに、とでも言うだろうか」
「あの方に、そんな無体が出来るでしょうか?」
 出来ないな、出来ない、出来やしない。宗茂は笑う。幸村も合わせてくすくすと声をこぼした。
「折角のご好意ですが、遠慮させて頂きます。わたしは、あなたのように奔放には生きられない。もう生温い水の中で生きるのは御免です」
「そうだな、お前にはこの結末が似合っている。いや、お前が仕向けたのだったか」
 なら、ここまでだな。ええ、ここまでです。

「ああそう言えば、伝言はどうする?」
「そうですね。また、お会いすることがありましたら、―――いえ、やはり結構です。その時にわたしの口から直接お伝えしますよ」
 では、よい人生を。ぺこりと幸村は頭を垂れて、先に宗茂に背を向けた。いつの間に現れたのか、彼の隣りにはあの女忍びの姿があった。
「ああ、よい人生を」
 しばらくは彼の後ろ姿を眺めていた宗茂だったが、くるりと踵を返して、意気揚々と歩き出すのだった。











12/08/20