この瞬間 灯りに群がる ただの二匹の虫になる 清正×幸村 ※薄暗い


 がしゃがしゃと、具足の擦り合う音がした。幸村も先程屋敷に戻ったばかりで、先程鎧を脱いだばかりだった。いつからこの世の平穏は、遠くなってしまったのだろう。まだ鼻の奥には、砂塵に混じって血のにおいが残っている。久しく忘れていたものではなかっただろうか。幸村は布団をはねのけて身体を起こした。忍びが音もなく幸村の傍らに降り立ち、耳打ちする。
「お通ししてくれ」
 幸村の声は平坦だった。こうなることが分かっていたのかもしれない。幸村はそっと目を閉じる。がしゃがしゃという聞き慣れた音が段々と近付き、声を掛けられることなく襖が開かれた。ゆっくりと顔を上げて、幸村は目を開いた。室内の灯りでは廊下を細部まで照らし出すことはできなかったが、相手の顔を認識できたところで、かの人の感情など判るはずもなかった。自分たちはいつだって、相手の想いすら分からずに抱き合っているのだから。
「まるで戦場から逃げ延びたかのような出で立ちですね」
 加藤清正である。清正は幸村の顔を一瞥しただけでそれには応えず、ずかずかと室内に上がり込んだ。先の戦いの汚れを落とさずに来たようだ。彼が歩く度に床には土埃が舞い、鎧からは血が垂れた。そのまま幸村の前で止まり、どかりと布団の上に座り込んだ。がちゃがちゃと具足を脱ぎ始めるものだから、幸村も仕方なく手を貸した。脱いだ具足は、部屋の隅へと転がした。ようやく楽な格好になれた清正は、息つく暇もなく、幸村を押し倒した。口唇に食い付かれた幸村は、ただそれを享受した。湯浴みを済ませている幸村と比べて、かの人からはまだ戦場のにおいがした。血と汗と、土と泥と。懐かしいと思ってしまってから、それは三成たちへの裏切りだと己を叱責した。そういう生き方ではいかぬのだと、まるで言い聞かせるように幸村は心の中で独白した。

 幸村が手探りに清正の手を握り締める。彼に縋っているようだ、と半ば自嘲した。清正はその幸村の意志をねじ伏せるように、幸村の指を押さえ付ける。膝で脚を割られ、幸村は一瞬の思考の末、受け入れるように脚を折った。
 無意味だという自覚が幸村にはあった。清正もまた同様だろう。彼はそういうところだけ、幸村と似ていた。冷えた慕情の温度を、生を渇望することなく傍観者たる眼で己すら見下ろすその静けさを。ある人は素っ気無いといい、ある人は硬派だといい、ある人は潔癖だといった。そういう性質であった。物事の悉くに、とかくそういう姿勢であったので、幸村は己の欲情を自覚したことはなかった。彼も、同様ではないだろうか。
 縋り付く手、それを押さえ付けてねじ伏せる手。絡み合う脚は、規則正しい順序を追っているだけだ。言葉もなく、意味も意志も、それこそ互いを想う慈しみすらなく、この行為にふけってしまう理由を、二人は知らない。衝動のままに、と言い訳できる程、乳臭くはない。性欲を持て余していると言うには、二人はあまりにも淡白過ぎた。こういう行為をせずとも、生きて行ける。ならば、その道を行くだろう。そういう二人だ。無くても良いのなら、せずとも良いのなら、わざわざ己の手を煩わせる必要はなかろうに。

 清正のざらりと舌が幸村の首筋をなぞる。咄嗟に息を止めれば、次の瞬間には清正が軽く牙を立てていた。は、と幸村の口から、声なのか吐息なのか分からぬ音が出た。
「俺は、無様だな」
 耳元で呟かれ、中々音が言葉に繋がらなかった。清正はそこで身体を起こして、片手で顔を覆った。幸村も上半身を持ち上げて、乱れている裾を手早く直す。
「確かに、上手い方法ではありませんでしたが」
 彼が帰還したのは、戦場などではない。幸村が先程まで出陣していたのは、戦場などではない。幸村の友が住まう屋敷であり、清正の家族が住まう屋敷だ。彼らは突如石田三成宅を襲い、幸村は三成を助けようと救援に向かったのだ。民が住まう町のど真ん中が、戦場になって良いはずがない。なるはずがない。
「お前は怒らないのな」
「お二人の事情ゆえ、口出しするつもりはありませぬ」
「それで戦になれば、万々歳、か?」
 幸村がひやりと清正を見据えた。本心を見透かすな、とも文句を言っているような、そんなことは冗談でも言うものではない、と窘めているようにも受け取ることのできる視線だった。幸村自身、よく分からなかった。戦になるぞと言われて、確かに歓喜がないわけではない。ただ、それはわたしの戦ではない。わたしや天下の趨勢、人々の戦にかける情熱などそっちのけの、身内の喧嘩だ。虚しい、と思う。いや、この感情を淋しいと呼ぶのか。
「わたしよりも、あなたの方が、お淋しいでしょうに」
「淋しい、か。どうだろうな。いつかこうなることが分かっていたような気がしてならないんだ。あいつと俺は、どうしたって相容れない」
「この世はどうも、侭なりませぬなあ」
 お前は能天気だなあ、と言いながら、清正の指が幸村の頬を撫でる。その無骨な仕草が心地良くて、幸村はそっと目蓋を下ろした。

「とりあえず、一回ヤっとくか」
「はあ。別に構いませんが。これがきっと、ヤり納めになると思いますし」
「お前はそういう言葉を使うんじゃねぇ」
「"これであなた様から賜る御慈悲も最後でございましょうや"?」
「三成辺りが聞いたら泣くから、やめてくれ…」
 ふふ、と油断をして笑っていたら、清正の口唇に呼気を吸われてしまった。おそらくは最後になるだろう言葉遊びは、清正が強制終了させてしまったのだった。











暗くなるだろうなーと思ったら明るくなって、明るくなるだろうなーと思ったら暗くなるのが清幸です。未だに分からん!
12/08/20