青くさいことばかり言って 無茶をし続けていいですか 左近と幸村 ※年齢操作
※同い年ぐらいの左近と幸村です。
いつぞやネタ帳で言ってた、左近が若いバージョン。
色々無理のある関ヶ原の戦い捏造。珍しく明るいよ!
「小早川は松尾山に布陣しましたか」
「仕方がなかろう。あのような大所帯、平地に置いておけるか。それに、要所の一つでもある。豊臣家に連なる者として、自覚をしてもらわねば困る」
左近は三成の隣りに並びながら、小早川の旗印がはためいている松尾山を見上げる。兵の数が多いせいでその数は他の陣とは比べ物にならないが、左近にはどうも虚勢に見えて仕方がない。あのような弱兵で周りを固めて、いざと言う時に使い物になるだろうか、と。
「他の方々も無事着陣されたようですな。後は、徳川が姿を現すのを待つばかり、と」
「文句の一つも言いたげではないか、左近。完璧な布陣だろう」
「まあ、理論上ではそうですがね。どうにも、うまく行き過ぎている感が拭えきれなくて」
関ヶ原一帯を占拠したのは西軍だ。それも高所という、戦では有利になる地を見事に押さえている。それでも、その有利性は、味方と信じた者たちがそれぞれに己の役割を果たしてこそ成り立つものだ。
「特に小早川、あとは吉川、毛利。あの辺りはどうも信用できません。わたしの手の者も、使いが行き来するところを目撃したそうです」
この場にはいないはずの人物の声に、二人は思わず振り返った。幸村だった。幸村は会釈をして、お久しぶりです、と柔らかく笑った。何故ここにいる、上田はどうなった、と詰め寄る三成をよそに、左近は軽い調子のまま、応と手を上げた。
「こちらの戦場の方が、なにかとやり甲斐がありそうでしょう?身一つで飛び出して来ましたので手勢はおりませぬが、その分忍び達を借りてきました」
「相変わらず鋭い嗅覚だな。こっちは、誰が裏切るだの内通してるだの、そんな流言ばっか飛び交ってるぞ。掻き回し甲斐があるだろ」
ふむ、と幸村が口に手を添える。幸村の思考する時の癖で、彼は何か"面白いこと"を思いつかない限り、横でどれだけ騒いでも耳に届かない、という集中力を持っていた。三成は早々に諦めて、左近は彼に負けてなるものか、と考えを絞る。頭は切れるが、ガチガチに凝り固まった思考回路しか持っていない三成は、彼らのように軍略を考えることに向いていないのだ。ただし、統率力と実行力は申し分ないので、二人が組み立てた軍略を綻びなく再現することが出来た。
「徳川の手はこちらに伸びているというのに、やられっ放しというのは、些か癪です。成功するかどうかは二の次として、少しばかり突いてみましょうか」
「お、流言はお手の物だからなぁ。あることないこと噂を撒き散らして、あちらも疑心暗鬼にしてやるか。それで、誰を標的にする?」
そうですねぇ、と視線をさ迷わせて、三成の前でぴたりと静止した。じっと見つめられて、三成は居心地が悪さを繕って、どうした?と訊ねる。幸村はにこりと笑って、
「正則どの、は、いかかでしょうか。面白いことになりそうです」
まるで世間話でもしているかのような、朗らかな調子で言った。へぇ、と左近が相槌を打つ。面白いと思ったのが半分、それはなんともやりがいのある悪戯だ、とも思ったからだ。
「どうせなら、盛大な方便がいいですね。清正どのの手紙を偽装する、というのはどうでしょうか。正則どのは、清正どのに言われて東軍に付いているだけです。清正どのから、戦が始まれば西軍に味方しろ、とでも文が届けば、どうなるか分かりませんよ。諸将の中には、正則どの、その背後にいる清正どのに義理立てしている方が大勢います。うまいこと嵌れば、面白い離間工作になります」
「そりゃあいい!殿!殿は清正どのと付き合いも長いですから、文字を真似るぐらい造作ないでしょう」
二人はさも当然のことのように言ったが、残念ながら三成には、そのような特殊技能はなかった。元々器用ではないし、悔しいが、三成よりも清正の方がきれいな字を綴るのだ。長年仕えている左近だ、それぐらいのことは知っているが、戦に気負ってばかりいる主についつい冗談を言いたくなったようだった。その手段がからかう、というのは、些か軍略家としては稚拙かもしれないが。三成はまだ若い二人の軍師の、時折子どものような顔をして悪戯をするその無邪気さが可愛かった。何故だか、左近にからかわれても腹を立てることはなかった。
「その儀は俺が引き受けるとしようかな」
三人の会話に割って入ったのは、湯浅五助に手を引かれている大谷吉継だった。どうやらいつまで経っても本陣に戻ってこない石田主従が気になって、探していたらしい。幸村が律儀に、
「その儀は、と仰いますと?」
と、訊ねる。吉継は頭巾で覆われている顔を幸村の方に向けながら、声を発した。布のせいで声はくぐもっていたが、戦慣れしていることだけあって、聞き取り難いことはなかった。
「清正の字を真似るなど、造作もないことだ。いつか役に立てばと思い、二人の間で交わされる文も見たことがあるからね。早速取り掛かろう。文の内容は、左近、手伝ってくれ」
はい喜んで!と左近が進み出る。細々とした工作は、幸村よりも左近が得意とするものだ。幸村も口は出さずに、よろしくお願いします、と手を振っている。意気揚々と本陣へと戻って行った二人の背中を、三成はただ見送ることしかできなかった。
「書状はお二人に任せるとして、使者のお役目は誰に頼みましょうか」
そうだ。清正の文を完璧に仕上げたとしても、それを正則が読まねば意味がない。三成が持参するなど、疑ってくれと言っているようなものだし、左近や幸村でもそうだ。かといって、あまり面識がない者や"箔"のない者が持って行っても、門前払いされるかもしれない。人選は難しい、と振られた問題に考え込む三成をよそに、少しばかりずるい手ですが、と幸村が切り出す。言葉にすることで、頭を整理しているようだった。
「おねね様にその役割をお願いしてはいかがでしょうか」
「あの方は、此度の戦には関わらぬと初めに釘を刺されている」
「いえ、本物ではなくて。わたしの手の者に、変装が得意な者がおります。その者に託してはいただけないでしょうか」
「あれは確かにどうしようもない大馬鹿者だが、その代わり動物的な勘は鋭いぞ。見破られてしまうやもしれん」
「別に構いません。表向きは、おねね様として変装します。その実は、おねね様の命を受けて、おねね様の代わりに文を届けに来た忍び、という設定です。全てが虚実では見破りやすいかもしれませんが、真実の中に本当の嘘を混ぜると、案外ばれないものですよ」
ふふ、と幸村は無邪気に笑って、そのように手配をしてよろしいでしょうか、と三成を覗き込む。こういった工作が三成は下手だった。性格が潔癖に過ぎるのだ。そして、こういった工作に慣れてしまったせいで、手が汚くなってしまった者を大勢見てきた。彼らの眼は濁り、心は荒み、この世の悉くが信じられなくなってしまった。だが、左近しかり、幸村しかり、彼らはまるで子どもの悪巧みのように、実に楽しげに笑うばかりで、そこには薄暗さがなかった。彼らは天性の軍師なのだろう。
「お前に任せる。俺はそういったことが苦手なのだよ」
「良いことではありませんか。わたしは、三成どののそういうところが好きですよ」
そうか、と照れ隠しに顔を伏せた三成に、幸村はまた笑って、そろそろ戻りましょうか、と歩を促した。仕事の早い彼らのことだ、もしかしたら既に書状は出来上がっているかもしれない。
偽の清正の書状を作るついでに、吉継は清正宛にねねからの手紙も作成していた。何故だと三成が訊ねれば、作業が楽しくなってしまってつい、とのことだ。三成には理解できない感性でもあった。ねねからの手紙をよく貰っている三成から見ても、言葉の選び方、字の綴り方、途中で字を間違うところや言葉を探して出来てしまった染みの再現まで、まさに完璧だった。吉継が書いたと知っていても、いやこれはおねね様の手だろう、と思ってしまう程の出来だった。幸村もそれを感心しながら眺めていたが、またしても面白いことを思いついてしまったようで、そうだ!と眼を輝かせていた。
「これは大坂にいる甲斐どのに託しましょう。おねね様からの急使という立場で、少々遠いですが九州までご足労願ってはどうでしょうか。甲斐どのは一本気な方です。彼女に、この文は戦に心を痛めるおねね様が、この戦を止める為にしたためた重要な書状です、必ず清正どのに渡してください、と強く押せば、彼女も快諾してくださるのではないでしょうか」
そりゃあ名案だ!と左近が手を叩く。味方のやることながら、手段を選ばない、あまりにも的確過ぎる人選だ。少しばかり敵方が哀れにも思えてきた三成だったが、場の盛り上がりを壊してはいけないと変な気の利かせ方をしてしまったせいで、誰も止めることはなかった。
こうして、真田の忍びが、片や福島正則の陣へ、片や大坂へと、飛ぶように駆けて行ったのだった。
不寝番を残して静まり返った両陣営。西軍の本陣からこそこそと抜け出す人影があった。人影は辺りの様子を用心深く窺っていたが、誰にも気付かれていないと分かるやさっと身を翻し、夜の闇へと消えて行った。それから四半刻後、同様にそろりそろりと忍び足で、同様に夜の帳の中へと身を潜ませた者がいた。彼らは誰にも見つかる事はなく、その晩もひっそりと夜が明けたのだった。
そして明くる日。左近は何度目かの欠伸を噛み殺しながら、陣を回っていた。戦場では緊張のせいか身体を壊しやすくなる三成とは反対に、左近は野営ですらぐっすりと快眠できる特技を持っているのだが、珍しく眠れなかったようだ。三成はその傍らにあって、隈のできたよりいっそう迫力を増した顔を億劫そうに顰めた。本陣の隅では、幸村が配下の女忍びから報告を受けているようで、耳打ちされていた。それににこりと笑って、ああすまないな、ご苦労、とくのいちの頭を撫でる幸村の様子を盗み見ている。朝から微笑ましいことだ、と三成が思っていると、左近が二人の雰囲気も気にせずにずかずかと土足で上がり込んで、おおい幸村ー、と大声を上げる。幸村は二人に向かって頭を垂れ、忍びは幸村の影に控えるように、半歩後ろに下がった。
「流言の手応えはまずまずです。正則どのの陣に女性が入って行くのを見た、あれはおねね様だった、と"証言"してくださる方は多いようです。あとは、」
幸村が左近をじっと見上げる。しばらく見つめ合っていたが、互いに幸村の言わんとしていることが分かっているようで、蚊帳の外の三成をよそに、笑い声を漏らし始めた。こういうところが子どもっぽいのだ、この二人は。二人して悪巧みをして、その些細な成功を楽しんでいるような節があった。
「主に黒田長政どのと細川忠興どのの陣から、正則どのが寝返るのではないか、と懸念する噂が飛び交っていますよ。お二人共、もしかしたら我らを攻めては来ぬかもしれませんね」
へぇ、と左近が相槌を打つ。三成は幸村の言葉の意図が分からず、ただ二人の顔を交互に眺めることしかできなかった。
「流石、真田の男は度胸が違う。あの細川さんを訪ねようだなんて、なあ。細君を亡くして気が立ってるだろうに」
「そういう左近どのこそ。黒田武士に容赦がないこと、知らぬわけでもないでしょうに」
「おい、お前たちは先程から何を言っているのだ。細川と黒田がどうした」
二人は顔を見合わせて、一生懸命考えた悪戯を暴露するような、きらきらとした表情を三成に向けた。つい、可愛いなあ、と思ってしまってから、いけないいけない、それに流されてはいけない、と己を奮い立たせた。
「夜の散歩に、少しばかり足を伸ばして、」
「清正どのと正則どのの離反を話の種に、」
「俺はちょっくら黒田の長政さんに会いに」
「わたしは細川の忠興さんと世間話をしに」
『行ってきました』
そう言った。もちろん、面識はあれど気安い仲ではない。それ以前に、今は敵同士だ。三成の軍師と言われる左近と、反徳川の鬼門である幸村が、だ。敵地のど真ん中へ単身突っ込んで行ったようなものだ。それを二人はけろりとした表情で語る。少しばかりハラハラしましたよー、と朗らかに笑っているが、少しどころではないし、ハラハラどころか下手をしたらそのまま命を取られていたかもしれないのだ。
「…二人共、今後そういった無茶はやめてくれ」
二人はきょとんとした顔をしていたが、まずはへらりと幸村が表情を崩した。左近も、いつも三成をからかうしたり顔を浮かべていた。
「まあ俺たちはまだ若いんで。こういう綱渡りが楽しくて仕方がないんですよ」
「こればっかりは性分ですので、ご勘弁を」
そう言い切られてしまっては、怒る勢いも得られず、
「…自分たちの命を大事にするのだぞ」
と、偉そうに一言を零すぐらいしかできないのだった。
数日後、松尾山の麓で土木作業が行われた。近くには大谷吉継が大将を務める、小勢を率いる武将たちの陣もある。作業は一日を通して続けられ、ひたすらに穴を掘り続けていた人工たちは、太陽が真上に来た辺りを境に、穴の中に何かを入れて今度は埋め始めた。大谷吉継が見守る中、その先頭に立って指示を飛ばしていたのは幸村だ。陽が暮れる頃には昨日と変わらぬ真っ平らになっていたが、掘り返した部分だけは土の色が変わっていた。
その様子を、山頂から眺めていたのは小早川秀秋だ。その内に、作業を説明する使者がやってくるだろうと思っていたが、晩になっても本陣からの使いはなかった。不審に思ったものの、考えても埒が明かぬ、明日家臣の誰かを向かわせればいい、と目蓋を閉じた。その時だ。不寝番の暇を紛らわそうとしている、雑兵たちの雑談が耳に届いた。
「今日、下の方でなにやら穴を掘っては埋めてのって作業をしてたって話だろ」
「なにしてたんだろうなあ」
「だろだろ?気になって見に行ったって奴から聞いたんだけどよ、麓と大谷様との陣地の境界線を引くみたいに、堀を掘ってたらしい」
「なんの為にだよ」
「そこまでは分からなかったらしいけど。膝ぐらいの深さになったら、中に木箱をそっと置いて、折角掘った溝を埋め始めたって話だぞ」
「木箱の中身、なんだろうな」
「金とか?」
「高価な茶器とか?」
「馬鹿、こんなとこに隠すかよ。戦になるんだろ。もっとこう、いざとなったら武器になるようなもんじゃね?」
「鉄砲とか?」
「刀とか?」
「…地雷、とか?」
「踏んだらどっかーん‥」
「いやいやいや、ないないない」
「ホント、ないないない」
雑兵たちは引き攣った笑い声で場の空気を誤魔化そうとしてたが、流れたなんとも言えない嫌な雰囲気に、次第に沈黙してしまったのだった。
所変わって、こちらは西軍本陣だ。松尾山の麓で作業をするが気にしないでくれ、と事前に三成に知らせていたので、特に苦情はなかったが、一日を終え皆でまとまって夕餉を摂っている折に、三成がそのことに触れた。
「で、あれはなにをやっていたのだ?」
「ただ、穴を掘って埋める作業をしていただけですよ」
「どうしても小早川の手当てだけはしておかねば、と思いましてね。いやー、戦場でまさか木箱を集めることになるとは。結構難儀しましたな」
そうか、と三成は適当な相槌を打つ。今日は身体の調子が良いのか、吉継は朝から機嫌が良く、今も頭巾の下の顔はにこにこと笑っている。吉継が楽しげならばそれでいいか、と友に対しては寛大過ぎる三成はのん気にそう思った。
「ところで、左近が手配をしていた大量の木箱は、一体なにが入っていたのだ?」
左近と幸村が楽しげに眼を見合わせる。仲良きことは美しきかな、とここにはいない兼続の代わりに、彼が言い出しそうなことを思った。
「なぁんにも」
「はい。あれはただの空箱です」
ただし、裏切り者がその上を踏めば、もしかしたら爆発するかもしれませんけれど。
笑顔の下に隠された"含み"を知っているのは、吉継だけだ。吉継は思わず声を立てて笑ってしまい、三成がどうした?と顔を向けた。いや、なに、と言葉を誤魔化しながら、歳若い軍師たちを見た。頼もしい、と言うには、その横顔はあまりにも青くさくて、吉継はついつい噴き出しそうになった。彼らの、若さゆえの無謀は、見ていて小気味が良い。
「三成、俺は戦場で死ぬのを諦めねばならないな。この戦、勝つ、勝つぞ」
「あ、ああ!もちろんだ吉継」
和やかな空気に包まれて、それぞれの夜は更けていった。
東軍と西軍の全面対決まで、あと少し―――。
すごく嬉々として打ってました。やだ、楽しい。
兼続もログイン(…)させようかと思いましたが、収拾つかなくなることが分かりきってたのでやめました。ごめん、かねっつ。。。
大谷さんのキャラは暫定です。その時の気分で一人称からガラッと変わると思います。
明るい関ヶ原の戦いを全力で考えてみた。色んな方面にごめんなさいだよね、これ。でも楽しかったー。
若い左近とか可愛いよね。幸村と二人できゃぴきゃぴ(こりゃあ古い表現だ!)してたら余計可愛いよね。可愛さの二乗だよね。むしろ無限大だよね!
という歪んだ欲求のままに突っ走りました。お粗末さまでした。
12/08/21