愛情だけは忘れないでね 慶次×幸村


 恋で成り立つ人間関係というのは、おおよそ男女間でのものを想定しているのだろう、と幸村は慶次との関係を持つようになって、そんなことをぼんやりと思っている。どちらかが弱者、あるいは受け身である方が円満なのだ。それは衆道においてもそうだろう。だから、身分の高い者が、まだ幼い少年を愛玩するのであって、同じような年齢の、同じような意地を持った男同士では、ほころびが生じる。幸村は、そのほころびを直す術を知らない。己を繕うことを知らない。円満な関係を保つ為に、己を曲げることをよしとは出来ない。そもそも器用ではなかったのだ。

「先日もふらりと出掛けて、数日戻られなかったと聞きましたよ。兼続どのが呆れておいででした」

 幸村は気だるい身体を起こして、こちらに背を向けて縁側で一服している男に言葉を投げ付ける。不満を訴えているわけではない。そういうことを聞いた、と世間話のたねにしただけだ。慶次は煙管の中の燃えかすをぽんと庭に捨てて、こちらを振り返った。髪は乱れていて、羽織を肩に引っ掛けるようにして素肌に着ていた。他の人間であったのなら、だらしがない、と言うべき姿だが、慶次のそれは彼らしくて様になっていた。

「兼続にたっぷり説教を食らっちまったよ。お前はどうしてそうも落ち着きがないのだ、とな。こういう性分だ、我慢してくれや、と笑えば、とうとう匙を投げられたのかねぇ、肩をすくめてたさ」

 慶次は立ち上がり、幸村の隣りに腰を下ろした。胡坐をかく慶次に今度は幸村が背を向ける格好で、ごろりと幸村は寝転がった。入り込んだ夜気が素肌をひやりと撫でて行き、幸村は薄っぺらい掛け布団を手繰り寄せた。

「あんたは、文句一つ言わないな」
「言って、どうにかなりますか」
「まあ、どうにもならんがね」

 慶次の太くごつごつとした指が、幸村の頬を撫でる。幸村は振り払うことも、擦り寄ることもせず、その愛撫に目を閉じた。

「恨み言を言うつもりはありませんし、寂しいと泣きつくようなこともしません。多分、わたしはそういう感情が疎いのでしょう。わたしも、多分、あなたと一緒なのです。あなたがあなたの性分を全うするように、わたしもわたしの性分を意地になって貫こうとしています。わたしは、それがお互いの障害になってしまうことの方が、忍びない」
「あんたは生粋のもののふだねぇ」
「あなたは生粋の戦さ人でしょう。ほら、お相子です」

 幸村には意地があり、慶次には慶次の生き様があり、それがあるからこそ、相手に惚れたのだ。幸村は、彼を愛する為であっても犠牲に出来ないものがあり、それは慶次も同様だろう。男同士の恋は歪だな、と幸村は思う。相手への執着を一番に出来ないところが、どうしてもすれ違いを生んでしまうのだ。

「慶次どの」

 ごろりと寝返りを打って、寝転がったまま幸村は慶次の髪に手を伸ばした。うん?と慶次も腰を屈めて、幸村の上に覆いかぶさる。幸村は、もう無理だ、と、先程気絶するように眠りに落ちたというのに、慶次はまだまだ元気そうだ。この人の尽きることない精力はちょいとばかりおそろしいなと思ったら、つい笑みがこぼれてしまった。震えた目蓋に、慶次の厚い唇が下りてくる。大きな図体をして、この人の手付きが繊細だということを、幸村は知っている。多分幸村は、それだけでよかったのだ。

「わたしへの興味が尽きてしまった時は、そう仰ってくださいね。惰性や習慣で抱かれるのだけは、我慢がなりませんから」











慶幸は、常に別れ話と隣り合わせな気がして。
12/08/26