軍議が開かれているというのに、千畳敷には明らかに不釣合いのにおいが満ちていた。けれども、そう感じているのは幸村だけのようで、周りは軍議に熱中していて、気にすらしていないようだった。周りを見回せば、丁度清正が出撃の案を出して、大野治長が反論の唾を吐いているところだった。治長の斜め後ろには豊臣秀頼の母・淀の方が、この場の熱気を見世物でも眺めるように、扇子で口許を隠しながら、治長の熱弁におもむろに頷いている。幸村は既に見慣れた光景をただ一瞥して、また視線をずらした。集められた面々は、清正の言葉に身を乗り出さんばかりに興奮していたが、その中で唯一宗茂だけが、事の成り行きを我関せずとでも言いたげに、涼しげな容貌で見つめていた。時間を持て余している者同士、眼が合えば、宗茂は薄っすらと口許に笑みを浮かべ、幸村は控えめに会釈をした。

 千畳敷には、女の白粉のにおいが強く染み付いていた。嗅いだことがない、とは言わないが、心地良いと感じる程までは機会がなかったのも確かだ。正直、幸村は不快だった。女のにおいが充満しているのは、何もこの部屋だけではない。この大坂城という城全体に、そのかおりは満ちている。女に乗っ取られた城、と揶揄されるのに一々憤慨して見せるのは清正で、幸村はその皮肉に対して、怒ることができなかった。実際、本当のことだ。今だって、清正の野戦案を悉く蹴っているのは、大野治長の背後にいる、淀の方だからだ。
 幸村は、けれどもその権力の体系に、これという感慨はない。ただ、この城は居心地が悪くて嫌だなあ、と思う程度だ。女の肌のにおいが苦手なのだ。母という生き物のもつ癇癪に不慣れなのだ。むせ返るような、という程の強烈なものではない。けれども、鼻の奥の神経から脳ずいを辿って、じわじわと感覚を鈍らせる何かを、このにおいは持っているのではないか、と幸村は思う。

 清正と治長の言い合いをどこか遠いところで聞いていた幸村は、横から腕をつつかれて、急いで場の空気に意識を戻した。ぼんやりと畳の網目を数えていたことを、言外に隣りから咎められて、幸村は誤魔化すように笑みを作った。腕をつついた張本人である後藤又兵衛は、呆れたようにため息をついて、幸村から視線を外した。その先には、未だに口論を続けている、清正と治長の姿があった。







『いつものことですので、はい』











とりあえず、こんな感じの話の連作です。
幸村は全体的にイイ性格してます。

12/05/27