生温い風が頬を撫でる。湿気ったにおいがした。雨が近いのだろうな、と幸村が更に鼻を鳴らせば、横では清正が額に浮かんでいた汗を手の甲で乱暴に拭ったところだった。長い長い夏も終わり、今季節は駆け足で冬に近付いている。にも関わらず、今日は朝から妙にこもった暑さがあった。じんわり澱んだ熱気が肌を蒸す、不快な汗が噴き出す生温さだ。
「この暑い中、よくやるな」
そう、いかにも涼しげな声で言ったのは、清正とは反対側に佇んでいる宗茂だ。幸村は暑いと言いながら、ちっともその表面には現れていない宗茂の横顔をちらりと眺めてから、
「そうですね」
と、相槌を打った。視線の先では、甲斐と正則が競って兵を叱咤して、模擬戦を行っている。声を張り上げる二人は生き生きとしているものの、彼らに率いられている兵士たちの動きには精彩がない。昨日とは打って変わっての暑さに、ばててしまっているようだ。
「雨が降りそうですし、中止するように伝えてきましょうか?」
幸村は宗茂の顔を見て、それから清正に視線を移した。これで薄情のところがある宗茂は、放っておけばいい、と素っ気無いが、清正は、頼む、と言って頷いた。幸村は正反対の反応に苦笑して、では、言ってきます、と小さく頭を垂れて、早速歩き出した。そこへ制止をかけたのは清正で、数歩進んでしまった幸村の背中に声をかけた。
「幸村、」
「はい」
振り返った先では、清正が難しい顔をしていた。彼を無愛想と言う人は多いが、愛想を振り撒かないだけで、決して感情が乏しいわけではなかった。ただ、それを表面に出さないだけで。今だって、感情を見られるのを避けて表情を取り繕ろうとして、その内心を察するのが難しい顔になってしまっているだけだ。
「つらくはないか?」
「?別段、体調は悪くないですが?」
清正の問いの意図が分からず、幸村も首をかしげながらの返答になった。清正の顔の険が更に深まって、
「無茶はするなよ。お前は、とにかく我慢が過ぎるって聞いたからな」
はぁ、と幸村は曖昧な相槌を打って、何気なく宗茂の表情を窺った。彼は、幸村より余程清正の感情を察するのがうまい。けれども宗茂は、幸村の視線に気付いていただろうに、彼特有の素っ気無い素振りで、
「誰から聞いたんだ?」
と、口許の笑みを深めて、清正に問い掛けた。宗茂のたった一言で、刹那、清正の表情が崩れた。不意打ちを食らったように、隙を突かれたように、彼の感情がぽろりと零れ落ちた。幸村は、けれども、それを見てしまったことを表情には出さなかった。
「清正どの」
「あ、ああ、なんだ?」
「言って、参ります、ね?」
何事もなかったかのように許可を求めてそう訊ねれば、清正は取り繕い方を忘れた表情で、ああ、と頷くのだった。
『つらくないかと、きかれましても』
書きたいところからズレましたが、ま、いっか、と(…)
宗茂さんの友情出演に助かってます。
12/05/27