その後。これもやっぱり蛇足。立花さんちを出したかっただけです。
今日の清正は、はっきり言っておかしかった。あえて言おう、浮ついていると。一つ後輩の宗茂がどれだけ清正に失礼な口を聞いても、いつもならば青筋を浮かべて怒鳴りつけるはずなのに、軽く流してしまったし、ァ千代がうっかり清正が作ったばかりの書類にお茶をこぼして水没させてしまっても、彼はちっとも怒らなかった。心ここにあらずといった様子とぼんやりとした表情で、
「あ、ああ、いい。気にすんな」
と、軽く手を振っていた程だ。これは何かあったと思い、清正の同行を影から見守る同僚たち(暇人の集い)。いつもだったらその鬱陶しい視線に気付くだろうに、その気配は全くなかった。調子が狂う、と宗茂が毒づく中、昼食の為に食堂にやってきた清正は、食堂の隅に陣取り、鞄の中から弁当を取り出した。自炊している清正が弁当持参であることは、決して珍しくはない。ただ、決してその弁当の色合いはおいしそうなものではなかった。全体的に茶色いのだ。
今日もそんな調子かと思った面々だが、弁当を取り出しはしたものの、清正はそこからたっぷり一分静止した。ぴんと背筋を伸ばして、睨みつけるようにじっと弁当を見つめている(ちなみに、まだナプキンに包まれたままだ)。それでも、意を決するように大きく呼吸をして、丁寧な動作でゆっくりと包みを解いて行く。最後にこれまた馬鹿丁寧な仕草で蓋を持ち上げて、中身を覗き込む。そこでもまた大きく息を吐いて、再び静止した。
見ているだけではつまらん、と宗茂が清正に近寄った。暇を持て余しているァ千代がそれに続く。
「なんだ」
何をそんなに警戒しているのか、正面にやってきた宗茂を睨みつける清正。だが、慣れている宗茂に効果の程はなく、どこ吹く顔で宗茂は手許の弁当に視線を落とした。一言で言うなら、そこにはおいしそうな弁当が広がっていた。全体の色のバランスといい、一つ一つのおかずの色艶といい(特に卵焼きは店で売っているような整った形をしていた)、清正がいつも持参している、おいしそうには決して見えない弁当、とは比べ物にならなかった。
「女でも出来たか?」
と、宗茂が訊ねるのも当然の流れだろう。それに珍しく感情を露に、清正が慌てている。顔を赤くして、
「ば、ちが、」
と、しどろもどろに声を荒げているが、その大半が聞き取れない。弁当の蓋を両手で持ったまま弁明しようとしている時点で、格好がつかないのだが。
「なんだ清正、お前、幸村に弁当を作ってもらったのか」
今の状況を的確に射抜いた発言を投下したのは、兄弟同然に育ったあの大馬鹿で、今回の事態の首謀者だ。食事を抜いて仕事をしていることが多い三成が、ちゃんとした昼食の時間帯に食堂に現れるのは、至極珍しいことだった。
「俺も頼んでおけばよかった。幸村の飯はうまいからな」
そう言って、無断で清正の弁当から卵焼きをつまみあげて、口の中へぽいと放り込んでいった。清正が止める間もない、あっという間の出来事だった。他の二人も同様に、清正が文句を言わないことをいいことに、から揚げや里芋の煮物をつまんで行く。
「相変わらず、料理の腕がいいな」
「ははは、ァ千代は一度、本気で幸村に師事するといい。多少はマシになるかもしれないぞ」
「そのまずい料理が好きなやつもいるがな」
言いながらも、ひょいひょいと弁当の中からおかずが消えていく。ようやく清正は、弁当に起こっている惨状に気付いて、蓋でガードすることに成功した。
「お、前ら、勝手に食うんじゃねぇよ」
「そう怒るな。幸村の料理に抗えないのは、万物のことわりだ」
「…なんで知ってんだよ」
「ああ?幸村とは同じ大学の出だからな。俺は同じ学科でもあったぞ」
幸村の周りには、どうしてこうも厄介者が多いのだろう。彼らに警戒しつつ弁当の様子を確認した清正は、心の中で悲鳴を上げた(いや、もしかしたら声に出ていたかもしれない)。未練がましく三人を睨みつける清正に対して、どうせ家に帰れば幸村が食事を用意しているのだろう、とさも当然に言ってのけた三成の言に少しばかり回復した(ただし、この言い方は語弊があるので、二人に対して弁明をしなければならなかった)。幸村の父が急かしに急かしたお陰かはわからないが、意外にもクーラーが早く直り、清正宅には幸村が作り置きして行った冷えた食事しか残されていないことを、清正はまだ知らない。
清正が帰宅したら、『大変お世話になり、ありがとうございました。エアコンが直ったそうなので、帰ります。食事は冷蔵庫に作っておきましたので、温めて召し上がりください。後日、またご挨拶に伺います』の文面に出迎えられたことでしょう。清幸の清正は、かわいそうなところがかわいい、がコンセプトです(そんな!)
11/10/02