「辛気臭い。」
 武蔵の斬って捨てるような声と共に、襖が勢いよく開いた。幸村は音に反応して首を曲げたが、その声の主を一瞥すると、すぐに視線を戻してしまった。武蔵はそんな幸村の様子にも気を止めた風はなく、どかどかと上がり込み幸村の隣りに座った。
「お前もなあ、さっさと真田丸なんて物騒なもん作りやがって。この城もそうだ。これじゃあ戦一色じゃねぇか。」
「それは仕方のないことだ。わたしたちは、お前も含めて、この城にひしめいている人間は、皆戦の為に集まったのだ。仕方のないことだ。わたしたちは、戦をする術しか知らない。」
 それが辛気臭いって言ってんだよ。と幸村の頭を小突こうとした武蔵の手が空を切った。幸村が、武蔵の動きを見越していたように動いたせいだ。
「んな生き方してっと、後悔するぜ、お前。」
「後悔の仕方すらわたしは知らない。」
「じゃあ、生きてるうちにどうやって後悔するのか学べばいいだろうが。死んじまったらそれすらできない。」
 ふふ、と幸村の声が漏れた。武蔵が、なんだよ、と不機嫌そうな顔を向けた。
「わたしはお前の生き方が好きだなあと、ただ思っただけだ。」
 大らかなところ、無鉄砲なところ、あまりにも真っ直ぐに突き進みすぎて、少々阿呆に見えるところ。お前の良いところだ。
 幸村はそう続けると、また柔らかく笑った。武蔵は、こうやって穏やかに笑うことのできる男が、戦場でしか生きる術を知らぬと言い切るところが、とても残念に思うのだ。戦を捨てれば、お前はいつまでもその穏やかな春の日のような毎日を暮らしていけるのではないか、と武蔵などは思う。
「おっと、忘れるところだった。伝令だ。上杉が家康の号令に応えた。直江兼続が上杉の軍を率いてやってくるらしい。」
 そうはきと言い、武蔵は幸村の顔を覗き込んだ。彼の口から直江兼続とは旧知の仲だと聞かされていたが、幸村に動揺はなく、ただ僅かに目を細めただけだった。
「お前はそれでも後悔はしないと言い切るのか。」
 しかし幸村はその問い掛けすら読んでいたのか、穏やかな空気を壊さなかった。
「武蔵はどうなんだ?わたしは後悔をしていては前に進めぬと思ってきた愚直な男だが、後悔ばかりしていては、それこそどこにも進めないだろう?」
「俺はなァ、いっつも後悔ばっかしてる女々しい男だよ。昨日も、お前に貰った団子を一本だけ残しておいたんだが、目を離した隙に祐夢さんに食われちまった。今思い出しても、後悔し足りねェ。」
 幸村は武蔵の言葉に、声を立てて笑った。いっそのこと、このままずっと、阿呆みたいに笑っていればいい、と武蔵は思う。一つ笑い声が漏れる度に脳が融け思考が鈍り、笑うことしか出来ぬ人間になってしまえ、と。戦に行くよりはマシだろう。生き地獄に立つよりは、阿呆になってしまった方が、何倍も幸せのような気がした。しかし幸村はそれを望まない。戦しか知らぬと言う。武蔵はそれに反論するだけの真田幸村という男を知らない。
 辛気臭い、と武蔵は思った。この大坂城には戦のにおいしかしない。気がおかしくなりそうだ。その中で幸村は笑っているのだと思うと、ああやはり、この男は戦しか知らぬのだろう、戦の空気の中でしか生きられぬのだろうと思わざるを得ない。生き生きと真田丸の装備を語る幸村の顔を思い出すと、胃の中で何かが澱んでいた。

 武蔵は幸村の腕を掴んで、勢いよく立ち上がった。突然のことに流石の幸村も対応できず、武蔵に持ち上げられているような状態で膝立ちしている。ぽかんと武蔵を見上げる幸村の存在を半ば無視して、武蔵は行くぞ、と更に幸村の腕を引いた。引き摺られるようにして立ち上がった幸村が、どこへ?と問うと、ようやく振り返った武蔵が腕をほどいて言った。
「団子を買いに行くぞ!俺のおごりだ!」
 幸村は武蔵の言葉を聞いても中々ピンと来るものがなかったようだが、段々と合点が行ったようで、既に歩き出している武蔵の背をくすくすと笑った。僅かな距離を埋めて、その隣りに並ぶ。
「それなら、又兵衛殿の分も買ってこなければ。あと、勝永殿や盛親殿、重成殿にも。ああ秀頼様も召し上がるだろうか。だとすれば千姫様にも当然買うべきだろうな。」
「大将と姫さんの分は俺もち。後は知らねェ。」
「約束が違うぞ、武蔵。」
 幸村はくすくすと笑っている。ああ本当に、この男が阿呆になって戦など忘れてしまえばいいのに。











が れ る












武蔵は戦をしに入城したわけじゃないから、戦に備えてる面々を理解できない目で見てるといいな。
まあその筆頭が幸村なわけですが。大坂城は妄想が尽きない。
あ、祐夢さんは長宗我部盛親のことです。
うちの武蔵は盛親さんのことを、祐夢さんと呼びます。

タイトルは、自分の中で色々あってこうなりました。意味わかんねェ。
06/12/04
改訂:09/07/05
BGM:シャムレイ/ジムノペディ