三成は京の街を駆けながら、ふと後ろを振り返った。たくさんの死体が折り重なって、三成が通ってきた道に転がっていた。まるで、自分の進んだ跡にはこの血みどろの道しか出来ぬような錯覚を感じた。
三成は自分の前を行く左近を見た。襲い掛かってくる刺客を返り討ちにしている。三成は、ああ自分のせいでこの男は無益な殺生をしているのだ、と思うと、どうしようもない衝動に駆られた。思わず、目をそらした。
背後は幸村が守っていた。斬っても斬っても沸いてくる敵を、その都度一振りで屠っていた。顔に浴びた返り血を拭っている幸村と、目が合ってしまった。幸村は条件反射なのだろうか、にこりと笑った。三成はその事実に戦慄した。
(俺はこうして笑うことを知っている幸村に、槍をもたせ人を殺させている。)
幸村に、戦など忘れてしまえと言い続けてきた己自身が、それを強いているのだ。幸村の歪な境界線が直視できず、三成は再び前に顔を戻した。
「疲れましたか?」
「速度が落ちているのか?」
幸村はそれには触れず、いえ、と曖昧に笑った。自覚はしていなかったが、幸村がそう笑うということは、おそらくはそういうことなのだろう。
「ゆきむら、」
はい、と幸村は笑った。笑っているはずだった。三成はその笑みが見ていられない。この騒乱の中、この血生臭い空気の中、幸村の、戦を忘れさせる穏やかな笑みは、あまりにも不釣合いだった。三成は一言謝罪がしたかったのだ謝りたかったのだ、すまん幸村、と、お前をまた戦場に戻してしまってすまないと言ってやりたかったのだ。それなのに幸村は、ああこの鎧の音人々の叫び声血のにおい、全てが懐かしいのです、そう、笑っているように見えた。何も、言えなくなってしまった。
街を出ると兼続の軍勢が控えていた。三成達の無事を確かめると、早々に傷の手当てを開始した。
左近や幸村に比べて軽傷だった三成は、二人とは別の陣へと通された。人払いもすでにしてあるのだろう、しんとした陣内には他の陣からの声が響いていた。
兼続と三成は向かい合って座っていた。二人ともじっと互いを見つめたまま、沈黙が続いた。兼続はその沈黙を破り、ゆっくりと口を開いた。
「三成、これからのことを話し合わねばなるまいな。やはり、狸は狩らねばならん。」
三成はすっと立ち上がり、兼続に背を向けた。すたすたと歩き出す三成に呆れつつ、待て三成、話はまったく終わっていないぞ。とその背に話し掛ける。が、三成は振り返りもせず、ただ黙々と歩を進めている。何を探しているのかなど、兼続にはお見通しだ。場所を告げれば、ようやく三成は振り返った。しかし、何の感情も浮かんでいない表情で兼続を見返しただけで、すぐにまた歩き出した。
幸村の傷は決してひどくはなかったが、包帯は至る所に巻かれていた。幸村は白い包帯が痛々しい腕を上げながら、ああ三成殿、兼続殿、と笑った。幸村は笑っていたのだ。
ああお前はまた無茶をしたのだな、と兼続は苦笑を浮かべながら、そう指摘した。私にはこれしか脳がありませぬゆえ。幸村が穏やかに笑う。幸村に巻かれた包帯がなければ、ここがあの日皆で笑い合った大坂城の一角ではないかと思わせる程、柔らかな笑みだった。
兼続は隣りに突っ立ったまま何も言わない三成が気になり、ひょいと顔を覗き込んだ。ああひどい顔をしている。兼続はそう思ったが、幸村は自分のこの姿が三成の顔を歪めているのだと思い、すいません、と頭を下げた。はは、お前が悪いのではないよ幸村。三成が不憫な程不器用なだけだ。兼続が笑い飛ばす。三成はゆっくりと幸村に近付き、地面に腰を下ろし目線を合わせた。三成は搾り出すように声を発した。震えた三成の声にも幸村は穏やかに微笑んでいた。
「共に来てくれるか幸村。俺の周りには敵しかおらん。負け戦となるかもしれん。お前は、」
しっています。しっているのです。幸村はまるでそう言っているかのように、三成の手をそっと握った。何も言わずとも良いのです。私はあなたと共に行きます。清廉に生きる三成殿と共に、この身があなたの光に浄化されようとも、あなたと共に生きます。
そ れ で も ぼ く ら は
手 を つ な い だ ね …
最後の『それでも〜』はBGMから。
この歌は聴いてるとじわじわと色んなものが来ます。
時々どうしようもないこんな話が書きたくなります。
一応タイトルは『きらきらとしていたあの頃が、手を伸ばせば届くような気がした』です。
06/12/12
改訂:09/07/06
BGM:ツェッペリン/ジムノペディ