「野暮なことだとは重々分かってるんだが、」
そう慶次が話を切り出すことは、至極珍しいことである。粋なお人を地で行く慶次は、こと他人の機微に聡い。神経が図太そうに見えて繊細であり、それでいて大らかであった。幸村は何でしょうか?と先を促す。
「左近といい仲になった経緯ってのが、俺にはさっぱり分からなくってねぇ。」
教えてくれるかい?といかにも茶化した風を装う慶次をよそに、幸村はふむ、と考え込んだ。
「それは、とても難しい問いですね。なぜ、と訊かれても、本当に、どう返事をしてよいのか困ります。」
いつの間にやらそんなことに、と慶次は思っているだろうが、慶次以上に当人たちがそうであった。なぜ、どうして、いつの間にそんなところまで進展してしまっているのか。幸村は一度とて左近に想いを告げたことがなければ、左近から愛の囁きを受けたこともない。それなのに、一体全体どうして。
「なんせあの人はとてもひどい、ええ、ひどい人なんです。好きか嫌いかと言えば、当然好いた方なのでしょうけれど。困りましたね、私はあの人の良いところが、さっと浮かびません。」
なんだいそりゃあ、と慶次が声をあげる。ええ私も、本当にこれで良いのかと思います。幸村は言葉を続けた。
「ひどい所でしたら、たくさん言えるのですが、中々難しいものです。」
その時、障子ががらりと開いて、話題の渦中の人が姿を見せた。ああこれは、まずいところにやってきてしまったものだ、と慶次ですら思った程だが、幸村はけろりとしたもので、ああこれは左近どの、と挨拶を交わしている。聞かれてしまった心配すらしていないようだ。
「幸村、殿が呼んでいた。後でちょっと顔出してくれるか。」
はい、と幸村が返事をすれば、要件はそれだけ、とさっさと立ち去ろうとしてしまう。この素っ気無さすら、恋仲であれば物寂しいものがあるだろうに。慶次は二人の様子を眺めながらそう思うが、幸村は気にする気配すらない。
「ああそれと、」
左近が障子から顔だけを出して、さらりと言った。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ、幸村。」
会話筒抜けだぞ、気ぃつけな。去り際に、そう言葉を残していったのであった。
『森に咲く赤』 【夜空にかえす、願いゴトの背中】収録
町へと使いへ走った帰り道、通り雨に降られてしまい、慌てて駆け込んだその先に、たまたま彼の姿があった。顔見知りではあるが、それ程親しくしていたわけでもなく、当然、会話らしい会話が生まれるはずもない。気まずい沈黙が漂っていた。
「雨、止みませんね。」
「…ああ。」
沈黙を追い払いたくて言葉を交わしてはみたものの、そこから繋がる気配がない。雨はいよいよ激しさを増し、止む兆しすら見せない。
「あの、」「おい、」
見事に、声がかぶってしまった。互いに一瞬だけ顔を見合わせたものの、すぐにまた視線を外へと戻してしまった。
「い、いえ、特に大したことでもありませんから、どうぞ。」
「俺もだ。」
それきり、互い口を噤む。譲られた、と判断した幸村がおそるおそる口を開く。本当に、この沈黙がどうにかならないものか。
「…止みませんね。」
「…ああ。」
これが彼の真田幸村/長曾我部元親であろうか。戦場の勇姿とはあまりにも違う。
『随分と、ぼんやりしている。』
お互いにそう思っていたことなど知らぬ二人は、ぎこちない、同じ会話を繰り返し、雨が通り過ぎるのを待っているのだった。
『傘もささずに』 シングル【夢ならクリムゾン】収録
あ、と声を上げそうになって、幸村は慌てて口を閉じた。彼の人は既にこちらから視線を外して、隣りに座っていた徳川家康と何やら親しげに会話をしている。
(すきだ、なんて、こんな席で言わなくとも。随分とかわいらしいことをおやりになる。)
それは唇を動かしただけの、音を伴わない言葉ではあったが、幸村にはしかと届いていた。遅れて、彼の声がまるで鼓膜を震わせたようにはっきりと脳裏に響いた。幸村の頬にさっと朱が広がる。ふわりと微笑を作ったのは、彼の人の悪戯が微笑ましかったせいである。だが、それを知らぬ、たまたま隣りに座っていた三成などは、「どうした?」と幸村の顔を覗き込む。「いえ、何でもないのです。ただ、」「ただ?」幸村はちらりと彼の人を見た。丁度、政宗も周りの目に紛れて幸村へ視線を向けていた。目が合う。政宗がまたしても幸村にしか伝わらぬよう、ひそかに唇を動かした。
(愛いやつよ。)
幸村はそれを読み取ったが、今度は動揺を抑えた。
「景勝さまの猿が、あまりにも可愛らしかったもので。」そう幸村が返せば、三成の隣りに景勝と共に座っていた兼続が、身を乗り出しながら、そうだろう、そうだろう!と口を挟んだ。三成は兼続を黙らせなければならなくなってしまい、幸村どころではなくなってしまった。
『恋じかけのワルツ』 【今宵も、うたかた探し】収録