物音を極力立てぬように、三成はそっと襖を開けた。本来ならば断りを入れるところだが、部屋の主を起こしたくはなかったし、三成も顔を見るだけですぐに退室するつもりだ。彼の性質を考えれば、己の状況を省みず三成の相手をしなければならないと勘違いすることは目に見えている。
 しかし、音を立てぬように、忍び込むように部屋へと入った三成だが、部屋の中央にしかれている布団は、そんな三成の内心をまるで裏切ってしまっていた。三成の想定では、彼は眠っているはずだ。否、眠っていなければいけない傷を抱えているのだ。それなのに、彼は誰も見舞いに訪れることのない深夜ですら、上半身を起し虚空をじっと眺めているではないか。いや、彼が何を見つめているのか、灯りのないこの部屋ではまったく三成の想像ではあるけれど。そもそも彼は、一時的に視力を喪失しているせいで、今は両の目には包帯が巻かれている。他にも、肌が見える部分の方が少ない程に、身体中に包帯が這っている。

「どちら様ですか?」
 幸村の声は掠れている。先の一揆の鎮圧から帰った幸村は、満身創痍という言葉そのままであった。目は見えぬ、手足は動かぬ、聴力も弱くなっており、更には全身に軽い火傷を負った幸村は、それなのに、顔の筋肉を動かしながら、何でもないことのように笑っていた。味方の兵を庇ったのだそうだ。常に戦の真っ只中へと突進していく彼であり、それを他にも望まれている幸村だ。無傷で帰還するなどとは思ってはいなかったが、今回の負傷ほど三成の背筋に悪寒を感じさせたものはなかった。
「寝ていろ。何故起きている。」
 ああ、三成どのですか。そう呟きながら、幸村は首をひねった。灯りをつけるべきだろうか、と一瞬迷った三成だが、彼の姿を灯の元に晒す勇気がなくて、灯りに関しては気付いていない振りをした。そっと幸村に近寄れば、彼は少しばかり身じろぎをして姿勢を正そうとしていた。
「そのままで良い。…もう一度訊くぞ。何故、起きている?」
「じっとはしていられぬ性質ですので。」
「己の今の状態を考えろ。目も見えぬ、身体もろくに動かぬやつが何の冗談だ。」
「ですが、」
 尚も言い募ろうとする幸村を、三成は名を呼んで遮った。投げ出されている手を取れば、清潔な包帯の感触ばかりが伝わり、彼の温もりは一切感じられない。いっそ、この包帯を剥いで、下の爛れた皮膚に触れてやろうかとも思ったが、先日の有様を思い出し、とてもそんな勇気はなかった。あのまま死んでしまうかと思わせる傷だったのだ。あんな絶望はいつまでも己の中に抱えているものではない、さっさと忘れてしまわなければいけないのだ。


「春になったら一緒に桜を見に行きましょう。
 夏になったらお祭りに、
 秋になったらお月見を、
 冬になったら、あなたは嫌がるかもしれませんが、一緒にかまくらを作りましょう。」

 幸村は三成を見ることなく、暗闇をじっと穏やかに見つめたままだ。三成は不安になって、ぎゅうと手に少し力を込めたが、幸村は反応を返してはくれなかった。彼の痛覚の鈍さなど痛感していたが、それでも彼の己の身体に対しての無関心さには、いっそ寒気を感じるほどだった。せめて、人並みに己の身を省みてくれ、と彼に告げたところで、"人並み"の基準ですら二人の間には大きな隔たりがある。
 三成はそっと包帯に覆われている手の平を撫でた。かさかさとした包帯の感触の下には、幸村の爛れた肌があるのだ。彼の体温に直接触れたかったが、包帯を剥いだその下の悪夢をおそれて、三成はその包帯と同化した手の平に唇を落とすことしか出来なかった。
 そんな三成の行動に幸村は何を感じたのだろうか。幸村には薄っすらと涙の膜が張っている三成のことなど全然知らないだろうに、そのまま己の胸に幸村の腕を抱きこんでしまった三成の背に、幸村の腕が回された。

(そう言いながら、お前の心はいつだって戦場から離れることなどないではないか!)










掌なら懇願