幸村は、触れられることには敏感で警戒心が強いが、そのくせ、己から触れたがる性質でもある。触れることに関しては、彼は無防備だった。
今も、鍛練の後の弛緩した空気を二人で楽しみながら、ふと幸村が立ち上がり、武蔵を正面からしげしげと眺めている。いつもなら互いの額にある鉢巻は、鍛練の汗を吸ってしまった為に、どちらともなく脱ぎ捨てられていた。武蔵より上背のある幸村だが、更に背伸びをして、武蔵の顔、特に額辺りを見下ろしている。武蔵が、幸村のしたいように声もかけずにその様を眺めていれば、急に右肩に重みが加わった。幸村が圧し掛かっているのだと理解するより先に、額にかかっていた髪をかき上げる幸村の指の感触が通り過ぎ、そうして、額になにか やわらかいもの が触れた。触れた、と言うよりも、羽が撫でていったようなむず痒い感覚だ。
「今、なにやった?」
「何故だか、突然お前に触れたくなって。けれど、」
至近距離で訊ねれば、幸村はぱっと身を翻して、一定の距離をあけた。相手の眸を覗き込むのに丁度良い距離だ。
「けれど、直接触れるには何だか気恥ずかしくて、自分の中で一番にぶい所で、お前に触れたのだ。」
「にぶい所、って?」
武蔵は思わず、額に手をやった。ここに、確かに触れたのは、幸村の、
ああ感覚が遠ざかっていく。残っているのは、おそらく触れただろう、と妄信する曖昧になってしまった記憶と、その触れた記憶と同時に蘇る、"羽のような"という印象だけだ。
「ひみつ、だ。」
ふふ、と笑いながら、さっさと幸村はくるりと背を向けてしまった。武蔵もその背を追いかけるように一歩を踏み出した。
(今日は勝永どのの所にでも顔を出してみようか。)
(又兵衛の旦那にしようぜ。祐夢さんでもいいけど。)
(じゃあ間を取って、全登どのにしよう。)
武蔵は彼のどこが、己の額に触れたのか、おぼろながらに理解していたが、その箇所は彼の言うように鈍い部分ではなかったから、彼に追求することも、し返してやることもしなかった。武蔵には、彼が最も敏感だと思っている指先よりも、もっと深い部分で想いを語る器官に思えたからだ。
額なら友情