その男はきれいな顔を歪ませながら、笑っていた。勿体ない笑い方をするものだ、折角の整った顔が台無しだ。男は己をよく見せる術を知っていながら、そうやってわざと無様に笑うのだ。
「そんな眸をしていてはいけませんよ。どうもあなたからは、私と同じ印象を受けますから。」
「同じ、というのはどういうことでしょうか?」
「この世の大半のものには淡白なくせに、ある一つの事柄においてのみ固執してしまう、まあ大きな意味での変質者ですね。」
「心外、」
「でしょうか?」
 男は言葉尻を掴まえて、己の良いように改変をした。二人は知っているのだ。固執するものの対象は違えど、その執念の深さは、狂気染みた執着は、そしてその根底にある欲は同じである、ということを。
「心外です。」
 もう一度、心外です、と繰り返せば、男はきれいな顔を更に歪めて、大よそ万人受けしない、人の不快や不安ばかりあおる顔で笑った。

「あなたに縛られる奥方さまが気の毒です。」
「あなたに見向きもされない奥方さまも、気の毒だとは思いますがね。」

「わたしは、少なくとも、妻を愛しているつもりです。」
「そうですか。私は愛してなどいませんよ。恋をしているのです。」

 こい、ですか。声には出さず、唇だけを動かせば、男もその動きに合わせて、はい、と短く言葉を綴った。こんなにも人の負の感情をあおる男の口から飛び出す言葉にしては、恋などという単語はいささかきれい過ぎたかもしれない。真田信繁は細川忠興が正室・玉子に抱いている偏愛を人づてに聞いて知っていた。あの強過ぎる束縛を、強過ぎる執念を、この男はただ一言、恋と表現してしまった。

「あなたは、随分と冷たいことを仰る。あなたの愛は平坦すぎて、素っ気無さ過ぎる。」
「家族を愛して、何が悪いのですか。」
「ええ、ええ、悪いですとも。そうやって己の身内にしてしまった以上、彼らは恋われることが叶わなくなってしまった。」
「家族の間に恋などという感情は存在できぬと思います。」
「ですから私は、家族という概念が嫌いです。私は息子にだって恋をしていますし、したいですから。」

 意見が合いませんね。合わせる気が互いにないからでしょうね。そう互いににこやかに微笑み合った。一瞬、互いを冷ややかなものを見るように、目をスッと細めた二人だが、すぐにまた、そこから微笑が漏れた。根底の凍てついた炎を同じように抱えていても、根本にある互いの価値観はあまりに違い過ぎた。


「恋を知らないわたしは、あなたに劣る。」
「恋に溺れる私は、あなたに劣る。」

「恋とは美しいもの、きらきらと輝いているもの、金平糖のようにあまやかで、びぃどろのように儚いもの。」
「恋とは醜いもの、おそろしいもの、罪人を罰する地獄の業火のようにおぞましく、枯れた大地に生える痩せ細った作物のように実らぬもの。」

「あなたは、そんなおそろしいものに溺れているのですか?」
「あなたは、そんな美しいものを知らぬのですか?」

 信繁が言えば、忠興がすぐさまそれに続いた。二人は既に理解し合うことを諦め、言葉遊びを楽しんでいるようだった。




(あなたの幸せは、あなたの 恋/愛 を彼女が受け入れてくれたことに他ならない。)

 心ノ臓に口付けた瞬間の、全ての命を手に入れたような幸福/命の重みに耳が侵されたような絶望 を、彼は知らない。










それ以外はみな、狂気の沙汰















お遊びキャラは細川忠興さんでした。