唐突な別れに贈る7つのお題  TV


1 月と泪 兼続と幸村
2 きみを彩めたもの 義トリオ
3 想い出は低体温 三成と幸村
4 振り返れば、錯覚 義トリオ
5 この手からこぼれてゆく 武蔵と幸村
6 あいしてる、あいしてた 政宗と幸村
7 神さま、奇跡をください 秀頼と幸村






























1 月と泪

「変わらぬものがあると、なんだか嬉しく思います。」
幸村はそう言って、縁側から月を見上げた。兼続は口にまで持っていった、酒を呑もうとする態勢で止まってしまった。兼続は幸村の横顔を見つめた。そこには過去を悲しむ感情一つ浮かんでいなかったが、兼続は胸がぎゅうぎゅうと締め付けられるような苦しさを覚えた。

兼続が何も言わず動かずにいると、幸村はどうかしましたか?と兼続を振り返った。その顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「ああすまない。ぼうっとしていた。」
幸村は、お休みになられますか? と実に穏やかに優しく笑った。彼らしすぎる笑みに、切なさで胸が鈍く痛んだのだった。




***
武田が滅んで、あんまり時間が経ってない頃。
06/05/14






























2 きみを彩めたもの

暑い暑いあの日、
真っ赤な太陽とかぐわしい緑と、
きらきらと走る、
私たちを映した水面。





***
眩しすぎる思い出
06/05/14






























3 想い出は低体温

ふと、懐かしい人を思い出す。きっかけは何だったろうか。最早想い出となってしまったのに、あの時の感覚だけは手にいつまでも残っているような、そんな錯覚を感じる。

夏の盛りに触れた手と、戦の終わりに手を取り合って喜んだあの、冷たい、と表現するには一歩及ばない、人の温かさをもった、いつだって変わらなかった、低い温度の手の平。ぎゅっと手を握ると、自分の温度と交じり合った、あの手の平は、もう、





***
三成と幸村。見えなくても言い切るヨ。
三成は低体温。
06/05/14






























4 振り返れば、錯覚

背後から聞こえてくる足音に振り返る。
近くに感じる、誰かの気配に振り返る。
廊下が軋むその音に振り返る。
しばらく聞いていない、聞き慣れた声に呼ばれた気がして振り返る。

その些細な繰り返しに、ひどくひどく焦燥している自分。どうしようもなくじれったいのに、

「幸村」

名を呼ばれてまた、振り返る。





***
06/05/15






























5 この手からこぼれてゆく

鍛錬の後、二人して水汲み場で顔を洗っている時だった。談笑の合間、まるで思い出したかのように幸村は言った。
「大阪城は間違いなく落ちるだろう。」
武蔵は意味を瞬時に理解できず、呆然と幸村の顔を眺めてしまった。そんな武蔵をよそに、幸村は「どうした、武蔵?」と笑っていた。武蔵は幸村の言葉に純粋に腹が立って、手の平で掬っていた水を思い切り幸村の顔に向かってぶつけた。幸村は「冷たい!」と怒りながら笑っていたが、手の平で掬える水は大量ではないから、被害は大して大きくはなかった。ポタポタと手の平の隙間から垂れた水は、地面に点々と染みを作ったが、すぐに消えてしまった。手の器では、いずれすべて流れてしまうのだ。





***
06/05/15






























6 あいしてる、あいしてた

幸村は、大阪城を攻める伊達の陣の中に、ごくごく自然な雰囲気で居た。それは兵達の士気を高めるために見回っていた政宗が、「あっ」と声を上げてしまったぐらいに、誰もがそこに"あの"真田幸村がいることに気付いていなかったのだ。
政宗は幸村を引きずり、二人きりになれる場所へと足を運んだ。その場所を見つけるまで、政宗が何度「馬鹿め!」と喚いたかは、カウントし忘れた幸村には分からなかった。
「馬鹿め!何故あのような場所におった!殺されたいのか?!」
「政宗殿と話をしたかったので。実際、私に怪我一つありませんよ。」
幸村が穏やかに言うものだから、政宗は一瞬ひるんだ。普通だったらありえない。いや、あってはならない事なのだ。敵陣の、しかも徳川軍の中でも地位を認められている伊達の陣の中に居る、などと。
「で、用件は何だ。降伏か?なれば手ぐらいは貸せるぞ。」
「いえ。政宗殿を見たら、忘れてしまいました。」
政宗はとっさのことに、馬鹿め!と叫ぶのも忘れてぽかんと幸村の顔を見た。情けないお顔ですよ、政宗殿。幸村がそう言ったものだから、うるさいわ!馬鹿め!と怒鳴ってみたものの、迫力は皆無だろう。
「幸村、」
「私は武士として生きてきました。それ以外の生き方など知りませぬ。しかし、政宗殿は生きる術を心得ておられるようで。」
では、失礼します。幸村が政宗に背を向けた。待て!と政宗の声がかかる。幸村は振り返って、それはそれは穏やかに微笑んだ。
「落ちてこい!俺が拾ってやるわ!」
幸村は表情を崩すことなく首を振った。
「私はこの生き方しか出来ぬのです。時代が変わったように、政宗殿が変わったように、私も変わることができればよかった。されど、私は変わることができなかった。」
では、今度こそ、失礼。幸村は一度だけ頭を軽く下げてから立ち去った。その後姿をただ見守るしかなかった政宗だった。





***
馬鹿め!って言い過ぎなぐらいが好きだ。
06/05/15






























7 神さま、奇跡をください

どうかどうか、神さま。
祈ったのは、幸村に護られて城外へと脱出している秀頼だった。負け戦だ。言葉でしか知らなかった、このみじめな響き。秀頼は幸村をちらり、見た。彼の隣に居て、武術の話ばかりしていた武蔵は、今大阪城の正面で敵を食い止めているのだろう。秀頼の心に、悔しい憎い、といった感情はなかった。ただ、悲しかった。たくさんの者が死ぬ。みんなみんな、死んでしまう。それがひどく悲しかった。
「では秀頼様、こちらから落ち延びください。」
幸村の顔には疲労の色が濃い。鎧は血と土とで汚れていた。
「幸村は共に来ないのか?」
「私は家康に奇襲をかけて参ります。さればこちらに眼を引き付けることが出来ます。その隙に。」
幸村は秀頼を馬に乗せながら早口で言った。あまり時間がない。秀頼もそれは分かっている。
「生き延びて、どうする?すでに徳川の天下は決まっている。私もここで一矢報いたい。」
幸村は初めて見せた戦場での鋭い眼を、いつもの穏やかなものに変えて、秀頼に微笑んだ。
「生きて下さい。信念を貫こうと片意地にならなければ、人が生きる道などたくさんありましょう。秀頼様はそれが出来るお方です。」
「お主はどうなる?」
「私はそれが出来ませぬ。ゆえに、ここで私の信念を貫こうと思います。」
さ、行ってください。
言葉とは裏腹に、幸村は思い切り馬の尻を叩いた。馬が勢いよく走り出して、秀頼はそれを制御しなければいけなかった。最後に微笑んでみせた幸村の笑顔を思うと、どうしようもない悲しみに襲われたのだった。





***
収拾がつきそうになかったのでここで終わり。
06/05/15