雨に関するお題 花軍様 三幸
慈雨…草木にやわらかく降りそそぐ、けぶるような雨。(春)
一陣の雨…夏のにわか雨。 (夏)
銀箭…箭は矢のこと。激しい夕立をさす。 (夏)
催涙雨…陰暦七夕の雨。逢わずの涙か、別れの涙か。諸説あって定かではない。(秋)
氷雨…霙や霰まじりの雨。または、霰や霙そのもののこと。 (冬)
慈雨
穏やかな雨が降っていた。道の端に生えている草に優しく降り注いだそれは、青みの欠ける成長途上の葉に、細かな粒を残していた。
雨足の弱い雨だが、その中で立っていると、流石に髪やつけている鉢巻、鎧にも水滴が付着した。幸村は、じっとじっと、地平を眺める。戦は勝った。それでも、たくさんの人が死んだ。幸村はゆっくりと瞳を閉じる。撫でるようにやわらかく降り注ぐ雨の優しさを感じた。
「幸村。」
背後の声は三成のものだった。確かに戦は一区切りを見せたが、まだ首実検などは終わっていない。もしかしたら、どこかに敵が潜んでいて、一瞬を狙っているかもしれないのだ。死を恐れない兵ほど、強いものはない。そんな中護衛も付けず一人佇むのは危険なのだ。
「幸村。」
三成はもう一度名を呼んだ。幸村は何かを決意するかのように、心の中で強く息を吐いて振り返った。
「戦は勝った。勝ち戦だ。」
「はい。」
「お前も随分と活躍したそうだな。今宵の宴はお前の話題できっと賑々しいぞ。」
「いえ、そんな、大袈裟ですよ、三成どの。」
幸村は笑う。三成はその笑みにはっきりと眉を寄せた。
「幸村。」
「はい。」
「笑え、笑え幸村。我らは勝った。だから、笑え。」
「笑っている、つもりなのですが、」
そんな顔で笑っているつもりか、幸村。とても見ていられぬ顔をしている。お前の心が苦しいとわめいているような、諦めた顔をしているではないか。笑え、幸村。お前はこの地平に何を見る。失くなったものは、もう戻ってはこぬと言うに、お前は、まだ。
「幸村。」
「はい、」
幸村は穏やかに微笑んだ。三成は幸村の影の部分が厭わしい。それでもこの男は、笑みを忘れぬか。
三成はそれ以上の言葉を言えず、乱暴に幸村を抱き締めた。全てが伝わればいいと思う反面、この思いに当てはまる言葉などあるだろうか、とも思う。穏やかに優しく、悲しげに苦しく微笑む幸村に、「好きだ。」と言ってしまうことができなかった。
まるで慈雨のような、―――
***
情景描写が苦手です。
06/06/10
一陣の雨
目の前を、見知った得物が通り過ぎていった。幸村は待て!と叫びたかったが、口を開く前にそれは、三成へと届いてしまった。小さく呻く三成の声が、静かな場に響いた。それは手裏剣だった。真田の庄で育った幸村は、多少なりとも忍びの知識がある。流石にどの流派のものかは分からなかったが、その武器がもたらす意図だけは分かった。
「三成殿!」
遅れて、左近や兼続の声も聞こえた。切られた腕を押さえる三成に、幸村は駆け寄る。
「大事無い。そう心配するな。ただのかすり傷だ。」
あまりに必死な顔をしていたのだろうか、三成はそう言って笑った。幸村は三成の言葉など聞こえていないようで、「失礼します。」と押さえている腕を乱暴に引き剥がして、躊躇うことなく傷口に唇を押し付けた。
それに驚いたのは三成で、一心不乱に傷口を吸い上げる幸村を目を見開いた。見下ろしている体勢にある三成は、普段なら滅多に覗けない幸村の耳をそこから見た。流石に苦しいのだろう、幸村が僅かに表情を曇らせたのを見て取ると、ざわざわと心が揺れた。肌に幸村の吐息が触れる。湿り気を帯びているのは当然なのだが、衝動的にその唇を吸ってみたいと思った。
それが長い時間だったのか、それともほんの一瞬だったのか、ぼんやりとした三成の頭では分からなった。唇を離した幸村が、地面に向かって血を吐き出すのを見て、ああ毒を吸い出してくれたのか、とようやく合点がいったぐらいなのだ。
「簡単な処理はしました。今、解毒の薬を作らせますから、じっとしていてください。」
そして幸村が、三成の胸中などお構いなしの笑顔で微笑むものだから、三成はくすぶっている想いの行き場に困る羽目になってしまった。
駆け抜けた衝動は、さながら一陣の雨、
***
生々しい表現も苦手です。
06/06/10
銀箭
真田幸村隊、敗走。
そう告げた兵に、三成は嘘だ!と詰め寄った。殴り掛からんばかりの勢いに、左近は三成を羽交い絞めにして止める。こうでもしないと、この主は止められないのだ。
左近は腕の中で無謀にも暴れる三成を押さえつつ、それで、幸村は?と訊ねる。どうやら慶次の援軍が間に合ったようで、幸村の身柄は保護されているらしい。
左近は幸村の調子が悪いことを知っていた。木にもたれかかって辛そうに息を吐いていた幸村は、それでも、三成どのには言わないでください、と、戦には必ず出陣致します、と力無く笑っていた。
やはり無理だったか、と小さく零した左近の言葉を、耳聡く聞きつけた三成は、何がだ!と今度はこちらに行き場のない感情の矛先を向けた。左近は言ってしまおうかどうしようかと迷ったが、どうせ幸村の体調が優れなかったことなど、すぐにばれてしまうだろうから、隠すことを止めた。
三成は、当然ながら怒った。左近の胸倉を掴んで、どういうつもりだ!と、幸村を殺す気か!と怒鳴った。左近はその事については何も触れず、落ち着いてくださいよ殿、まだ戦の最中ですよ、とたしなめる、が、逆効果だ。三成はいよいよ収拾つかない怒りをそのままに、左近の右頬を打った。左近は予測できていたにも関わらず、思っていた以上の力の強さに、口の中を切ってしまった。鉄の味が口に広がる。
「大方、幸村が言うなと言ったのだろう!あいつは無理をし過ぎる!それを俺達が止めずして誰があいつを抑制することが出来ようか!何もあいつに無理に出陣してもらわずとも、この程度の戦、勝利出来るだろう!」
三成の戦における視野は、あまり広いとは言えない。この程度、とは言ったが、此度の戦がそんな簡単なものではなかったと左近は思う。ここまで有利に運べたのは、幸村が背負っている赤備えの脅威に、敵方が恐れをなしたからでもあるのだ。真田の武勇は名高い。あの赤備えと六文銭を見ただけで逃げ出す兵が居るほどだ。これほどまでに、幸村の影響力は高いのだ。彼を外した戦では、まず士気からして違うだろう。
左近が何か言いたそうに三成を見ろ下ろすしていたことに気付いたのだろう、三成は声を荒げたまま、言いたいことがあるのならば言え!と叫ぶ。その時だった、戦の興奮が充満した空気に似合わぬ、落ち着いた静かな声が響いた。それは決して大きな声ではなかったのだが、不思議とよく通った。幸村が、三成どの、と呼んだ声だった。
幸村は本陣まで運んでくれた慶次に一礼すると、三成たちに歩み寄ってきた。その歩はどこか弱々しく、三成は慌てて彼の体調が思わしくないことを思い出した。左近から、放るように手を離し、ふらふらと幸村に近寄る。
「ゆきむ
「左近殿、此度はすいません。三成殿にいらぬ誤解を招かせてしまいました。本来ならば感謝しなければいけませんのに。」
三成の存在など二の次、とでも言うように、幸村は左近に視線を向け、深々と頭を下げた。左近は彼の言葉に、いや、俺の方も軽率だった、となんとも気まずそうに返す。
「幸村!無茶をするなといつも、」
三成はそこで言葉を切った。幸村がとても穏やかな顔でこちらを見たからだ。その顔は、とてもたくさんの兵を失った将とは思えなかった。
「左近殿は軍師でございますから、きっと全て分かっておいでです。三成殿、どうか友という言葉に囚われないでください。我らは戦をしているのです。我々は戦友なのです。ですから、どうか忘れないでください。」
「・・・何が、言いたい。」
幸村は穏やかに微笑み、いえ、と口を閉ざした。三成は追及の手を伸ばしたが、それよりも先に幸村が三成の方へと倒れこんできた。三成は咄嗟に彼の身体を支える。幸村の首が三成の肩へともたれかかり、幸村の吐息が三成の耳にかかった。荒い、息をしていた。三成は、先程とは違う慌てた口調で幸村の名を呼び、身体に手を回した。背に触れた時、三成の手に生温いものが付着した。
「ゆき、」
幸村は荒い呼吸の中、三成の顔を見、苦しそうな顔を必死に覆い隠して、穏やかに微笑んだ。ふっと幸村の力が抜け、足元が崩れた。三成も彼を支える為に座り込む。
「左近、救護兵を、早く、」
三成の縋るような悲痛な声音は、左近が初めて聞いたものだった。
銀箭のようにしか、この人は生きられないのか、
***
戦の話は好きなのに、描写に緊迫感が出ません。
06/06/11
催涙雨
「もう、おやめください。」
幸村は平伏して、三成に懇願する。なんと苦しい声で言うのだろうか。三成は幸村の声に含まれる、切実とした祈りでもあり願いでもあり、叶わないと知っていながら言わずにはいられない彼の苦しみに、少しだけ胸が辛くなった。きっと幸村は泣けぬくせして、今にも泣き出しそうな顔をしているに違いない。
「もう、お仲間から憎まれることを享受なさるのは、おやめください。あなたが憎まれて何になりますか、あなたはきっとたくさんの人を敵に回して、そうして、」
「幸村は、俺を裏切るか?」
「そのような事は決してあり得ません!」
幸村は勢いよく顔を上げて三成を見た。三成は皮肉げに笑った。幸村は思わずこみ上げてきた衝動を強引に押し込めて、再び頭を垂れたのだった。
あなたの生きた道に降り注ぐは、催涙雨か、
***
明への出兵にあたっての、三成の不器用さは、切なくなる程です。この人は、本当に豊家のことを思って生きた人だったんだなぁと『真田忍侠記(津本陽:著)』を読んで思いました。でもって、家康の強かさが時にすごく憎らしく感じられます。無双の、三成と清正・正則との関係はそこまで険悪な感じがしないのが好きです。
06/06/11
氷雨
縁側から覗く庭の景色は、雨で濡れていた。夕立のような激しさで強く降り続ける雨の音に、正直三成は辟易してたぐらいだ。
風が気まぐれに吹くと、障子が大袈裟にかたかたと鳴った。冷たい冬の空気を含んだそれに、三成も思わず身体を震わせた。だが幸村は正座をしたまま外を見つめ、寒そうな仕種一つしない。火鉢が欲しいぐらいだ、と三成は思うぐらいなのだが、どうやら幸村と自分とではかなり体感温度が違うらしい。
「寒いですか?」
雨に溶けていくような静かな雰囲気を眺めていた幸村が、その沈黙を破った。けれど、声はすぐに四散してしまって、再び雨音の世界が戻ってくる。
「お前は、どうなのだ。」
正直寒い。どうしようもなく寒い。さっさとこの障子を閉めて、風だけでもしのぎたい。だが幸村が、何かを思いつめて庭を眺めているものだから、そんな無粋な真似は出来ない。
「私に構わずともいいのですよ。私はこうしていることに慣れていますので、少々感覚が麻痺してしまっているようです。」
手を伸ばそうとして、三成は止めた。この男が何を見つめているのか、三成には分からない。知ろうとしたところで、この男が語らないだろう。幸村の闇は幸村だけのものなのだと、この男は思っているのだろう。共有できない。出来るわけもない。それでもその闇を少しでも軽くしてやりたいと思う。思うのだけれど、この男はそれを望まない。穏やかに、少しだけ苦しそうに目を細めて遠くを眺めながら言うのだ、どうか私だけのものにしておいてください、と。
果たしてそれは、氷雨だったのか、
***
尻切れ。
06/06/13