大人五題 リライト様 左近と幸村
あれは不完全な人間
彼はいつも一歩離れて此方を見ている
無慈悲を演じる義務
責務と良心と打算と諦念と
泣く資格など、ない
あれは不完全な人間
槍を持たせば一騎当千、兵を持たせば天下無比。とにかく左近にとって真田幸村という人間はそういう人種だったのだ。緻密な計算あってのことではい、感覚的にどうすれば戦がうまくいくのかを知っている人間の一人なのだ。けれどそれを傲るでもなく、あくまで謙虚な姿勢を崩さない。人に好かれやすい人間だろう。その上気が回る方だから、自分の特性を自覚していたのであれば、それだけで世渡り上手になれる。だが、真田幸村という人間は、どこか不器用なようで、己がいかに他人の羨みを受ける存在なのかを全く理解していないのだ。年上からも年下からも好かれる種類の性格だが、きっと同世代からは煙たがられるに違いない。
左近は信玄と向かい合って、縁側で碁を打っていた。左近が長考すると、対面している信玄は、さも楽しそうに笑っていた。この人に敵う日など来ないだろうな、と左近は子供のような笑顔を浮かべているのだろう、隠されていない口許を見て思う。
碁石を置く音が静かに響いた。何があったわけではないが、場から会話が消えた。その静寂と共にやってきたのは、遠くで訓練でもしているのだろう、幸村の気の入った掛け声だった。
「あの御仁も精の出ることで。」
信玄も声が幸村のものだと気付いたようで、そうじゃのう、と碁石を置いた。どこか釈然としないその声音に、左近が何か思うことでも?とこちらも手を止めずに訊ねる。
「立派な御仁じゃないですかい?まだ若いっていうのに、十分武田の一員なわけですから。」
「あれはまだまだ子供じゃよ。」
そう言われても左近にはいまいち理解できない。幸村の隊はどの武将が率いるところよりも働きが良い。犠牲も少ない。兵を操る術を知っているのだ。それに、大人たちの中にいても、決して埋もれてしまうことがない。自分の居場所をしっかりと確保しているようにも見えた。
そんな左近の心情を読み取ったのか、信玄は、不満そうじゃな?と声だけの笑みを聞かせた。
「幸村は、物心ついた時からあのような子供じゃったよ。幸村には、このような生き方しか出来ぬようじゃ。おそらくは、それが幸村を不幸にするのだろうなあ。」
言って庭へと視線を移した信玄が、あっと声をあげたものだから、左近も思わずそちらへと目をやった。しかしそこには何もなかったものだから、一体何なんですか?と碁盤に目を戻した。信玄はそんな左近の様子を満足そうに見やり、勝敗を決する最後の一手を打ったのだった。
(ちょ、信玄公!俺の石の位置、ずらしましたよね?)
(さあ、のう?証拠があるわけでもないしのう。)
(ず ら し ま し た よ ね ?!)
(まだまだおことも甘いというわけじゃよ。)
***
お館様の口調難しいネ!や、左近もまだ慣れてませんが。
06/06/19
彼はいつも一歩離れて此方を見ている
「左近殿が、私達を見ている目は、ふとお館様に重なる時があります。」
幸村はそう言って、悲しげでもなく寂しげでもなく、本当に懐かしい思い出を語るような愛しそうな笑顔を左近に向けた。左近はその眩しい笑顔をさり気なく避けながら、俺はまだまだ信玄公には敵いませんよ、と笑う。
「見守られている気が致します。私の些細な迷いまでも、全て見通して、導いてくださるような、そんな顔をしてらっしゃいます。」
「買い被りですよ。ただ、あんたはまだ三人で共にいることにどこか戸惑ってるような感じがするんだが。まあそのうち慣れるだろうが、」
幸村は左近の言葉には応えず、気付いていらっしゃいましたか、とでも言いたげに薄っすらと微笑んだ。
「それと、だ。困ったように笑うのはやめた方がいい。そろそろ、嫌だって言葉を覚えろ。」
幸村はきょとんとしながら左近の言葉を聞いた。まるで子供に言っているような台詞だ。だが、幸村は不思議と不快ではなかった。
「まあ、あんたが一線を引くのも分からないでもないんだがね、どうも人付き合いの上手下手は、うちの殿とそう大差なさそうだ。」
いや、人当たりが良い分苦労しているだろうが。
そう心の中で続けた左近は、だが幸村の表情に口をつぐまざるを得なかった。遠く遠くを見据えて、とても穏やかに悲しげな表情を作ってしまうのだ。
「失くすのがこわいのではありません。再び絶望することを恐れているのではありません。時々、一人になると思うのです。あの方たちが運命を共にするのが、私などでいいのだろうか、と。」
すいません、しんみりとしたお話を聞かせてしまって。
黙ったままの左近に、流石に申し訳なく感じたのだろう、幸村が困った顔で笑った。左近は反撃をするなら今だ!と幸村の右頬を素早くつまんだ。強い力ではないから痛くはないだろうが、突然のことに驚いたようだ。
「その顔が、あんたを不幸にするんですよ。」
左近はそう言って左の頬にも手を伸ばしたのだが、そこで丁度、三成の声が幸村を呼んだものだから、二人の空気は止まってしまった。案外に、近い。今更ながらにそれを自覚した二人は、気まずそうに繕い笑いを浮かべて、そそくさと仕事へと帰っていった。ああ絶対に、殿がどこかから覗いていたに違いない。もしかしたら兼続も共犯なのではないか。左近はあまりにもタイミングの良い呼び声にそう思ったが、それが事実だとしても殿が情けなく感じてしまうものだから、それが十中八九どころか九分九厘故意だと確信できたとしても、幸村にだけは言わないでおこうと誓ったのだった。
***
みっちゃんは過保護。
06/06/19
無慈悲を演じる義務
「殿!少しは安静にしていて下さい!肩の傷もまだ癒えては、」
「うるさい左近!俺の傷の具合など些細なものだ。」
「いいえ黙りません。いい加減自覚してくださいよ。これでも殿に仕える身、左近も殿のお考えは多少なれば分かります。」
「分かっていると豪語するのであれば、俺にいらん心配をかけさせるような采配を下すな。大体、」
どたどたと廊下を早歩きで抜けていく二人。三成はどこまでも追いかけてくる左近に、うんざりした顔を隠そうともせずに、ついてくるなと何度も手をふっている。
「殿!いい加減にしてください!聡明な殿のことだ、気付いてはいるんでしょうが、やはり言葉にするのは恐ろしいのですか?」
「馬鹿にするな!」
「そうお思いなれば、さっさと部屋に戻って寝てください。傷が熱を持っては厄介です。」
左近!と三成は足を止めて振り返った。元が整っている三成の顔だけあって、憤怒を表したその顔には言いようのない迫力があった。が、左近は予想済みなこの状況にやれやれと肩をすくめただけだった。
「幸村を友だ同志だと仰るのは止めは致しません。しかし、幸村は常に前線へと、殿、殿は本陣で戦全体を眺めているお方だ。この違いは歴然でしょう。」
「区別をすると言うのかお前は!幸村は俺の大切な、」
大切な?と左近は先を促したが、彼自身その先を期待してはいなかった。この人は未だ自分の感情を知らないのだ。
「たとえ、あの時幸村が死んでいたとして、」
「左近!」
たとえ話ですよ。左近は場を和ませようとして笑ったが、三成の眉間の皺が増えただけだった。
「殿がそこで駄目になっちゃあいけないんじゃないですかい?幸村の思いを踏みにじるとは言いませんが、幸村一人の存在に動揺しゃあまずいと思いますがね。」
「あの御仁は、突き詰めて言ってしまえば、戦で死ぬことしか考えちゃあいませんよ。」
「だからお前はあの時そう仕向けたと。」
「いえ、あの時はああするしかなかったと思いましたので。」
幸村は笑うだろう。苦しそうに笑いながら、すいませんと頭を下げるのだろう。生き残ってしまったのだから、あの男は、そして生き続ける限り、すいませんと笑い、ありがとうと顔を伏せるのだろう。
三成は思い切り左近を睨みつけた。しばしの膠着に、けれど左近は表情一つ変えないものだから、三成はふんと鼻を鳴らして再び歩き出した。左近は盛大なため息をついたが、三成は振り返ることなくどすどすと足音を立てて廊下を通り抜けて行った。
すぱん!と小気味良い音と共に襖が開いた。三成は仁王立ちしたまま、部屋の真ん中で、布団の上に座って書物を読んでいる幸村に目を向けた。幸村は突然の来訪者に驚いたようで、目を丸くして三成を見返してきたが、三成が何も言わず眉間に皺をよせたままじっと見つめてくるものだから、反応に困って無意識のうちに苦笑した。
「なにをしている。」
「書を読んでいました。」
「なにをしていると訊いている。」
三成は言うなり幸村へと近付き、今にも掴みかからんばかりの勢いで問った。幸村は返答に困って、首をかしげる。
「死にかけの奴が読書などするな!」
幸村の身体のおおよそが包帯で覆われていた。それは顔ですら例外ではなく、顔の半分を白い布で巻いていた。視界が半減してしまっているのに、それでも幸村は笑うことを忘れてはいなかった。彼にとっては、条件反射なのだ。
「すいません。」
すいません三成殿。幸村はそう言って頭を下げたが、三成の表現しようのない怒りは収まらない。幸村が悪いわけではない、自分が悪いわけでもない、左近が悪いわけではない。それなのに、自分は誰かにあたらずにはいられないのだ。お前はそうして、すいませんと言いながら、諦めたように笑うのだ。三成が、握った拳を震わせたそのタイミングで、追いついた左近が顔を出した。
「傷はどうだ?」
「はいお蔭様で。大分いいです。」
「嘘をつくな!どこが大分いい状態だ!そのような台詞は、包帯が一つでも取れた日に言ってみろ!目は寸でのところで抉られるところだったと聞いた!腕は切り落とされるところだとも聞いた!雑兵を庇って鉄砲の弾が右足を貫いたとも聞いた!左足は折れ、あばらも何本かいってしまったも聞いた!そんな状態であるにも関わらず、弓矢の雨に単身突っ込んでいったとも聞いた!戦で傷を負うなとは言えん!だがな!」
「それでも、死にませんでした。私は、死にませんでした。」
幸村は静かに言うと左近に向き直って、「ありがとうございました。」と頭を下げた。なにが、ありがとう、だ!俺は頑固反対したにも関わらず、お前達が勝手に決めてしまって、俺は心の臓が止まるかと思ったぐらいだ。
あの時、撤退をするにあたって、追撃の手を絶つ為に幸村の隊が残った。他の隊より被害が大きくないのが一番の理由だと左近は言ったが、元々幸村の隊は少数精鋭のところがあるから、隊そのものの規模が大きくはない。それなのに、左近は幸村しかいないと言った。幸村もそんな左近の言葉を、わかりました、と笑って受けた。
三成はどうしようもない感情の波が、自分をさらっていくのを感じた。我慢ができなかった。ただ感情に任せて手を振り上げた。その時、敵の矢をまともに受けてしまった肩がじくりと痛んだが、振り上げた拳など、あとは振り下ろしてしまうだけだ。容易いのだ。
その時、部屋中からたくさんの刺すような視線を、三成は肌で感じた。それは純粋な殺気だった。思わず呼吸が止まる。手を上げた不恰好な態勢のまま、三成の動きは止まった。
幸村が何かを言っている。口が動いているのだけれど、三成の耳には入ってこない。否、声が言葉になることはなく、幸村が咳き込んだ。静寂を破る音だった。中々止まらない。次第に身体を半分に折り曲げて、腹を庇うようにうずくまってしまった。口を覆った掌の隙間から、赤いものが見えた。
「ゆき」
「帰って。帰ってよ早く!」
それは突然に現われて幸村の身体を抱え、鬼のような形相で三成を睨んだ。幸村の周りを固めている忍びだと考えが及ぶまでに時間がかかってしまった。幸村はどうやら気を失っているらしい。
「黙れ乱破。俺は幸村に話があるだけだ。」
「どうして分かんないの?!今の幸村様は誰かと喋れる状態じゃないの!幸村様がどうしてもって言うからあんた達が入ってくるのも見逃してあげたけど、本当なら殺してやりたいぐらい!この人はこんな、血のにおいも硝煙のにおいも、人々の叫び声も馬の蹄も鎧ががしゃがしゃいう音もしない、こんなつまんない場所で死んでいい人じゃないの。この人は戦場で死ぬ人なの。だから、邪魔しないでよ。幸村様の邪魔する人間は、あたしたちが殺しちゃうよ!?」
くのいちの形相に、三成は言葉を失った。三成は、たとえ幸村の願いがなんであれ、生きていてくれさえすればいいと考えている分、目の前の人間の言葉は脅威だった。くのいちは、幸村を殺すようなことになろうとも、幸村の想いを尊重するのだろう。
三成は言い返してやる言葉の決意が見つからず、荒々しい動作で踵を返した。実際、ここで自分が喚き散らしたところで、幸村の疲労がたまるだけだ。視界の端で左近がやれやれと肩をすくめていた。
すると先程とは変わって、幾分か優しげなくのいちの声が三成の背にあたった。
「島、島左近。それと、鈍感無愛想男。あたしはあんたたちが嫌いだけどさ、ありがとうって言葉だけは言えるわけだし、ま、感謝しとく。幸村様を心配してくれて、ありがと。幸村様の大事な人で、ありがと。特に無愛想男!あんたはきっと、幸村様の気持ちとか絶対に理解できないだろうけど、幸村様大切に思ってるってことはあたしたちにも伝わってるから、まあ、時々は命令じゃなくても助けてあげる。あと島!あんたは何にも理解してやらないって顔してるけど、幸村様のやりたいことだけは分かってる気がするから、幸村様のこと、少しの間よろしく。」
「幸村のやりたいこと?それは」
「ひ・み・つ。」
にゃはん!とくのいちは笑った。三成はその声に呼応するように左近がため息をついたものだから、ごくごく自然に、左近は自分よりも幸村の本質を理解しているのだと悟った。
***
走り書きなので、文章としてはすごくひどい。色々破綻してる。もう勢いばっかだから、気にしちゃいけない。
書きたいこと少しは書けたといいな。
あと、くのいちが思いっきり偽者ですいません。
06/06/24
責務と良心と打算と諦念と
「あいつの言葉など、当てにならん。」
酒が入ると、口が悪くなる分、幾分か口数が増える。左近は時々こうして三成の愚痴を聞く役に回るのだけれど、今日に限って何故だか幸村の話題がのぼった。お前は若い頃の幸村の姿を知っているのだろう別に羨ましいと思っているわけではないだが多くを知っているということはまあいいことだろうからなそれだけの意味だ!
三成は言い訳をするように一声でそう言って、既に出来上がってしまっているにも関わらず、ぐいと杯を空けた。畳に杯が転がって、こぼれた数滴の酒が畳にしみを作る。
「あいつの言葉など、当てにならん。」
同じセリフをもう一度呟いた三成は、しかし左近がその真意を問おうとする前に、寝息を立て始めてしまった。左近はやれやれと肩をすくめる以外に、どうすることもできなかった。
***
三成は幸村が大好きだよ、って言いたくて仕方がない私。
06/06/24
泣く資格など、ない
幸村は、この日ゆっくりと覚醒をした。頭は妙にすっきりとしていて、目覚めの良い朝だったのだが、胸の奥にもやのように鈍く沈殿している何かが感じられた。幸村は気のせいだ、と布団から這い出した。
そのもやは、幸村がどれだけ槍を振るっても、決して消えてはくれなかった。
「調子が悪いのだろうか。」
三成の視線の先には、一心不乱に槍を振るっている幸村の姿。どこか彼の動きが精彩を欠いている。三成は心配そうに幸村の姿を見つめた。
「今日は信玄公がお亡くなりになった日だからな。塞ぎこんでいるかと、少々心配だったのだが。」
兼続は三成の隣で、同じように幸村に視線を送る。幸村は二人の様子に気付いた気配もなく、ただ虚空の敵を突いては払ってを繰り返している。その様子に、二人そろってため息。
「あれは、気を紛らわせようとしているのではないか?槍さばきが、荒れている気がする。」
「そうかもしれんな。幸村の中で、未だ武田は根強いのだろう。」
左近が二人の座っている近くに茶を置いた。三成は視線をちらりと向けただけで、すぐに幸村になおってしまった。兼続はそんな慣れた様子の三成に、少しだけ苦笑して、悪いな左近と彼に声をかけた。左近は、別に大したことはしてませんよ、と笑ってから、吸い寄せられるように、幸村へと視線をやった。
「お前は、あの幸村の様子をどう思う?私にはどうも、身体を動かすことで気を誤魔化したいように見えるのだが。」
「そうですねぇ、」
幸村を見る視線に力がこもる。兼続はその横顔を見ながら、主従揃って幸村に弱いのだな、と何となく心の中で零した。
「案外、気付いてないんじゃないですかい?あの御仁は、誰かを失った日を覚えていられる程、過去に縛られて生きているのではないと、俺は思いますがね。」
そういうものか。
左近の言葉に、今まで沈黙を保っていた三成が振り返った。そういうものですよ。左近は笑ったが、どこか、胸の奥で何かが沈殿しているような、はっきりとしない笑顔だった。
***
か、考えてた話と違う!(ガッテム!)
うちは、義五人組は呼び捨てで名前呼んでるんじゃないかと思ってます。幸村は違いますけど。兼続とかは、三成の同志であるなら、私の同志も当然だ!とか言って欲しい。石田主従が慶次をどう呼んでるかは微妙なところですが、前田って呼ばせるより、普通に慶次でもいいんじゃないか、と思います。
06/06/25