瞳孔


最早これまで…と諦めかけたその時だった。兼続を包囲していた人垣が割れた。命を捨てたかのような無謀な突撃により、包囲網に穴が空いたのだ。その無謀な突撃の先頭に立つは幸村だ。赤備えの鎧はどす黒く染まっており、血塗れた槍は切るというよりも、人を突くためにあるように思われた。幸村がその槍を一振り、二振りする度に人がばたばたと容易く倒れていく。
「兼続殿!ご無事ですか!!」
兼続の姿をようやく見つけた幸村は、動きを止めることなく兼続の隣に立った。兼続の武器は既に使い物にならなくなってしまっている。
「ゆきむら、何をしにきた。」
「援護に来ました。ここは私に任せてください。さ、お早く下がってください。」
「不可能だ。ここはすでに包囲されてしまっている。いくらお前が強かろうとも、」
幸村は背中から襲い掛かってきた敵兵を、まるでそこに目でもついているかのような正確さで倒した。兼続の心がふるえた。この男は戦をしているのではない。本能のままに生きているだけなのだ。ちらりと見えた幸村の眸は、殺気とも憎しみとも違う、心の底に恐怖を植えつかせるような、強い力を感じさせた。
しかし幸村は、穏やかな声で言う。
「私が隙を作ります。そこからどうか、お逃げ下さい。」
「幸村、お前はどうするのだ。」
「私は死にません。」
きっぱりと、幸村は告げた。この言葉が幸村ではなかったら、兼続を思っての言葉だろうと結論付けることができるのだけれど、幸村は己の言葉を疑う余地もなく信じているようだった。
「私が前線に出たことは、秀忠にもおそらく伝わっていることでしょう。なれば、他の者などわき目も振らず、私に集中攻撃をしかけてくるはずです。徳川は真田を討ち取りたくて仕方がないようですから。そうすれば、隙はいくらでもあります。兼続殿ほどの方なれば、容易に逃げおおせることも可能です。」
「幸村、」

振り返る。ゆっくりとゆっくりと。その顔は笑っているのか、ひどく見慣れたものだった。けれども、眸だけが爛々と輝いていた。不気味なほどに、鮮やかに。まるでこの世界のもう一枚向こう側を見つめているかのように。風を切る槍の音。兼続の背後の敵が、どうと倒れた。

「私は死にません。秀忠ごときに討たれる一生であれば、いっそここで果ててしまった方がいいのですから。」

「ですから、私は死にません。」





***
兼幸になるはずだったの、あれ?
幸村が戦場に立った時の表情ってどんなんでしょうね。きっと見ただけで逃げ出したくなる人とかいるぐらい、壮絶な顔してるといいなあ、と思います。
ゆきちゃんは、とても、つよいのです、
と言いたい話。(…)
06/07/06