視覚
「私は、」
「三成殿も兼続殿も、お慕い申しておりますよ。」
兼続の問い掛けにそう答えた幸村は、誤魔化すような苦笑をもらした。
「ただ、」
「ただ、兼続殿へ向ける好意と、三成殿を想う気持ちが違うことだけは分かっています。」
「私はまだ、恋を知らぬ無粋者ですので、この感情の違いが、何に属するものなのか、分かりません。」
兼続が言葉の代わりに幸村の腕を掴んだ。幸村は一瞬、驚いたように目を丸くさせたが、何か納得することがあったのだろうか、すぐに笑みを浮かべた。
「幸村、」
「幸村。」
「はい。」
二度目の呼び掛けに、幸村はゆっくりと頷いた。幸村の黒々とした、裏も表もないような瞳が、兼続を射抜く。刹那、兼続は、この瞳は幸村の感情も己の想いも、全て言葉に変えて、視覚という機能をもって認識しているのではないかと思った。それ程までに澄んだ、底の見えない黒だった。
「口を、吸ってもよいか。」
幸村は息を飲んで、それから、風に揺れるように首を振った。
「きっと、あなたとその行為をしてしまったら、この感情を自覚することができるでしょう。けれど、けれど、まだ私は、あなた方の間に距離を置いて、今の穏やかさを感じていたいのです。」
兼続は、幸村が己の感情の方向に気付いているのだと、自然に悟った。いや、幸村は気付いていまい。ただ、幸村を形作る認識の中の、すみに追いやられている感情の一つが、なんとはなく悟っているだけに過ぎないだろう。その感情に気付いてしまったら、この平穏などなくなってしまう。幸村はそれを肌で理解しているからこその言葉だろう。
「幸村、」
「…はい。」
「私は、これから何度もお前が好きだと告げるが、」
「お前は、困るか?」
兼続の最後の問いに、幸村は顔を伏せて、
「いいえ。」
と、それだけを何度も繰り返したのだった。
***
某所の作品を拝見して、三幸ありの兼幸を書いてみたいと思ったんですが…。あれ?
06/07/18