独占欲の強い男


真田領の近辺には、自然と湧き出る温泉がある。元々野を駆けることが好きな幸村は、幼い頃から遠駆けをしては地元民に紛れて秘湯と呼ぶに相応しい穴場で疲れを癒していた。今日はその幸村の案内で、三成達五人は小旅行を楽しんでいた。最初は硫黄のにおいなど好かん、と渋っていた三成だったが、湯に浸れば大人しくなった。素直に、気持ちがいいとは言えぬ性分なのだ。
(それにしても、なぜ俺と二人きりではないのだ。)
三成は仲良く背中を流し合っている兼続と幸村の横顔を苛々と眺めた。三成と幸村が"そういう仲"であることは、この温泉に共に来ている面々なれば当然知らないわけではない。だが、如何せん、幸村に好意を抱く者は少なからず居るわけで、この面々ですら油断ならなかった。それが石田三成の数少ない悩みの一つだった。
感情があふれて恨みがましい眼で見ていたかは定かではないが、三成の視線に気付いた幸村が、苦笑を浮かべて僅かに頭を下げた。こっちへ来い、とは流石に言えなかったが、代わりに幸村の名の形に唇を動かすと、幸村は兼続に会釈をし、三成の元へと寄って来た。

「幸村。」
「はい。」
「ここにいろ。」
幸村はその言葉には応えず、くすくすと小さく笑った。なんだ、俺が必死になって悪いか。三成がぶっきらぼうにそう言うと、幸村は顔を綻ばせて、
「あまりに嬉しかったものですから。」
と微笑んだ。三成はこの勢いに任せて接吻一つもしようと手を伸ばした。幸い、雰囲気は悪くはない。しかしその瞬間、例によってタイミングよく、慶次が豪快な声で幸村の名を呼んだ。
「幸村ー、ちょっとこっち来てくれ。」
あ、はい、と幸村は立ち上がった。先程からもうもうと上がっていた湯煙がいよいよ濃くなり、三成にはどこから声がしたのかすら分からなかったが、幸村の鋭い感覚では大体の居場所も特定出来たらしく、三成に背を向けてどこかへと行ってしまおうとする。待て、と三成も立ち上がりかけたその時、三成の眼が自然と幸村の背を映した。

「お前の背は綺麗だな。」

意図せず声が漏れて、三成本人も当惑した。思わず口付けたくなる背だ、と言ったところで、理解できる人間は、世の中に果たしてどけぐらい居るだろうか。
えっ、と幸村は振り返った。幸村の腕、脇腹、太腿、脹脛に至るまで、細かな傷跡が続いているのだが、背中にだけはかすり傷一つとしてなかった。しなやかな筋肉の張った若き背筋が、熱気にあてられてほんのりと上気していたのであれば、それが愛しい人であれば尚更、胸の高鳴りを誘った。
「お前の背には傷一つとしてない。綺麗なものだ。」
しかし幸村から返事はなく、代わりに場違いな女の声が響いた。
「とーぜん!幸村様の背中には傷一つ付けさせてあげないんだから。」
いつの間に現われたのか、三成と幸村の間にくのいちの姿があった。
「く、くのいち!どうしてここが!」
「にゃはーん、あたし達撒こうとしたって無駄無駄。カモフラに義馬鹿と島と前田だっけ?まで連れてってもバレバレなんだから。二人っきりになんて、ぜーったいにさせてあーげない!」
「それはお前達が三成殿達を目の敵にするからで……、」
「とーぜんじゃない、幸村様!幸村様の一番近くに居るのはあたし達なわけで、幸村様の背中を守るのもあたし達。もちろん、幸村様の貞操守るのもあたし達!幸村様とちょーっとばかし仲良しになったつもりになって、調子に乗るな、無愛想男!」
くのいちはべーっと舌を出して、これみよがしの挑発をする。元々気が長い方ではない三成は、売り言葉に買い言葉、「忍びの分際で、女狐がよく喚くことだ。」と冷笑を浮かべている。しかしくのいちも負けじと切り札を出す。
「まだ閨もともにしてないくせに、大口叩くなヘタレ男!接吻すら満足に出来ない男に、幸村様あげれるもんですか!」
なんだと!!と立ち上がった三成だが、「そうだったのか三成!」「おいおいそりゃあ男が廃るってもんだろ」「いやいや殿はああ見えて慎重派で…」との外野の声に三成の動きも止まる。こらくのいち!と幸村のお叱りの声は入ったものの、くのいちは頬を膨らませて、事実を言ったまでですよーと反省の欠片もない。

それでも幸村が三成のことで赤くなっていることが気に入らないくのいちは、強引に話題を変える。
「それにしても、あそこでちゅーしなくてよかったねぇ。してたら、今頃アンタ、蜂の巣どころか肉塊だったから。」
は?と三成は固まったままだったが、幸村は何かに気付いているらしく、全く…と肩をすくめた。
「くのいち、それにお前達も、出るぞ。私達が居ては、静かに浸かってはいられないだろう。では三成殿、先に失礼します。馬の様子も気になりますので。ごゆっくりどうぞ。」
頭を下げて、幸村はくるりと踵を返した。綺麗な背だ。触れることを一瞬躊躇ってしまう程に。
まるで三成の心中を覗いたかのように、くのいちはにゃはは、と三成を指差して笑った。
「綺麗な背中でしょ。その美しさはあたし達の誇りなんだよねぇー。」
にゃはん!声と同時に飛び上がり、幸村の隣りに寄り添う。
「全くもって、」
「くのいちの言う通り。」
物陰やら木々の間やら、終いには湯の中から物音一つ立てずに、影が現われた。これには慶次さえも動きが止まった。監視されていたことに全く気付かなかったのだ。この、熱狂的と表現するにも足りない程の、幸村教の信者の前で接吻でもしようものなら、四方八方から物騒なものが飛んで来たに違いない。もしそうなっていたのであれば、間違いなく死んでいただろう。熱狂的信者とはそういうものだ。三成は手裏剣やら苦無やらが急所のあちこちに刺さっている自分を思わず想像してしまって、嫌な汗がたらりと流れた。
そんな様子を尻目に、くのいちは一度だけ振り返って三成に笑い掛けた。それは感情を読む術に暗い三成にも分かる程露骨な、勝者の笑みだった。
「まだまだ、この場所は譲ってあげられないにゃー。」
と見せつけるように幸村に腕を絡めたのだった。




前途多難な現実に暫く呆然としていた三成だったが、こっそりと一部始終を見守っていた兼続は、ぽんと三成の肩に手を置き、とりあえず今は飲もう!と親指を立て、爽やか過ぎる笑顔で笑っていた。三成は目尻に薄っすらと涙をためつつ頷いて、いつの間にやら準備が出来上がっている面々に促されるがまま、差し出される杯を空けた。もちろん、この後、酔いプラス湯中りで、幸村の世話になるのは、火を見るより明らかだった。





***
問題なのは、みんなして素っ裸っていうことだ。(だ、大問題だ!)
湯船の中から出てきたのは、才蔵と佐助辺り。うちの十勇士の変態コンビです。仲悪いくせして思考似てるから、隠れる場所とか結構かぶる。


小説としてあげようとしてたものなんで、長いです。途中で色々放棄したので、色々中途半端。まあ、そういうページだもの、ここ。
06/08/08