嵐ヶ丘
兼続は、地平を見つめたまま微動だにしない幸村の背を、じっと見つめた。時折、気まぐれに通り過ぎていく風に、雨の香が混じっている。嵐が来るのだ。
「ゆきむら、」
兼続の声にも幸村は応えず、じっとじっと何かに耐えるように待つように、佇んでいた。その背はあまりにも拙い。曲がることを知らぬ信念は、折れてしまった時にこそ脆いのだ。たくさんの兵を失った、たくさんの命を失った、同志と呼ぶに相応しい人間を、たくさんたくさん失った。
「ゆきむら、ゆきむら、」
兼続の呼び掛けに、幸村はようやく振り返った。諦めたような笑みで、兼続を射抜いた。それはあまりにも擦り切れてしまった、彼の優しさの欠片だった。
「かねつぐどの、 」
幸村の声を、風がさらっていった。兼続は幸村との距離をつめる。雨のにおいがする、嵐の気配がする。これからの世は荒れるだろうか、それとも嵐の去った後には平安が訪れるだろうか。
「かねつぐどの、
死は、皆に平等でしょうか。」
ああ嵐が来る。来てしまう。そしてその後には、何も残らないだろう。自分達が今まで築いてきたもの全て、嵐がもっていってしまう、壊してしまう。
「果たして、死を迎えた三成殿と左近殿の、その死ぬ瞬間は平等だったでしょうか。」
幸村は顔を伏せて、風の音を聞いた。全てを失う瞬間は、一瞬であったり、予兆があったりと様々だ。武田の滅亡はあまりに刹那過ぎて、幸村では感じ取れなかった。けれど此度は違った。感じていた、識っていたとも言える。それなのに、幸村は止める術を持たず止める意志を見せなかった。
「兼続殿、これで、おそらくは今生の別れとなりましょう。あなたは守るために生きて下さい。」
「お前は、どうするのだ。」
「私は、真田を捨ててでも、私の道をゆきます。」
幸村は苦しそうに微笑んで、そして兼続の横を通り過ぎていく。待て、と兼続は思わず手を伸ばした。けれどその手を、幸村は、どこか遠い遠い昔を懐かしむような目で、やんわりと払いのけてしまった。
(あなたは最早、私には遠い人となってしまった。あなたは守るべき家がある、主君がいる。けれど私には、ただ一つとして既にありません。)
(なれば幸村、お前は何の為に生き、何の為に死ぬ。)
幸村は顔を上げて、ゆっくりと兼続を見た。その表情は穏やかなものだったが、ぞくりと兼続の背筋を這い上がってくるものを感じた。
(さあ?それすらも見失ってしまいました。)
***
関ヶ原後。二人が会う時間はなかったと思いますが、まあそこはいいじゃない。てか、この時代に"平等"って言葉はありませんね。でも他に代弁できなかったので、あえて使いました。いいじゃない、無双だもの。
06/08/08