幸村と穴山小助が縁側で談笑をしていると、決まって通り掛った人々は怪訝そうに顔を顰めた。陽の小助と陰の幸村。それは同じ顔でありながら、あまりにも浮かべる表情や纏う雰囲気が違うからこそだった。
上杉に人質として送られた時、幸村に付き添って来たのは、小助を始めとする数少ない部下だった。幸村はひっそりとした雰囲気で景勝以下、上杉の諸兵と会見した。戦場での幸村を知っている者もいるからこそ、そのあまりにもひっそりとした幸村の空気に誰もが口を閉ざした。
小助は、まるで幸村の代わりとでも言うように、常ににこにこと笑っていた。人を和ませることのできるその笑みは、彼こそが真田幸村であればいいのに、と人々に囁かせるには十分だった。
幸村は人質としては異例に屋敷を賜っていたが、そこを訪ねる人は少ない。時々は景勝が気を利かせてか、上杉の将が顔を見せに来るが、どこかよそよそしく、幸村に元気か、と訊ねたかと思うとそそくさと退散してしまう。
そんな中、直江兼続という男だけは違った。年は若いが既に上杉家で頭目をあらわしている彼は、人質である幸村とは身分そのものが違った。が、幸村の何を気に入ったのか、暇があれば幸村の元へと通っている。
今日も談笑していた二人の間に割り込み、
「私も混ぜてくれ。」
と強引に話しに加わった。
小助は何かと世話を焼いてくれる兼続が嫌いではなかったが、明るい自分ではなく、影を背負っているような主に時折熱い視線を送るところばかりは辟易した。小助の役割とは、幸村の身の回りの世話をするばかりではなく、幸村の安全を護る為でもあるのだ。
幸村が、茶を淹れてきておくれ、と目で訴えると、二人きりにするのも忍びなかったが、渋々立ち上がる。小助は底の見えない兼続が苦手だったのだ。
小助が盆に茶を乗せて戻ると、兼続は幸村の手を握り締め、何やら熱心に義について説いていた。まるで能面のような無表情ではあるが、幸村は律儀に頷いている。小助が少々乱暴に茶を置くと、ああすまない、と幸村から手を離した。
「兼続様はどうして私に構うのですか。」
それは至極もっともな質問だったが、この日初めて幸村はその疑問を口にした。小助は静かに幸村の背後に腰を落ち着かせた。
「どうしてだろうか。私はお前が気になるのだよ。」
「私と話をしてもつまらないでしょう。小助が話し相手になります故、私は下がらせて頂いてもよろしいでしょうか。」
幸村は自分の感情の欠落を知っていたから、当然の退室の申し出だった。けれども兼続は立ち上がった幸村の腕をひいて、座るように視線で訴える。
「私はお前と話がしたい。私はきっと、お前が小助のように笑っている顔が見たいのだ。」
なれば小助がおりましょう。と幸村が言うのを遮って、小助が横から口を出す。
「私のこの表情は、幸村様のものにございます。幸村様がいつか感情を思い出した時まで、こうして預かっているのでございます。」
「では、やはり幸村は、そのように笑うのか。かわいらしいことだ。」
幸村のことを可愛いと褒める言葉を久方ぶりに聞いた小助は、何だか気分が良くなってついつい口を滑らす。
「いいえ!幸村様の笑顔は、私めが浮かべるものよりもいっそうお美しゅうございます!昔はその笑顔で、戦で疲れた方々の心を癒したものです。幸村様の笑顔は太陽のよう、とまで囁かれ、私共は何度その笑顔に救われたことでしょう!幸村様は今はただお疲れになっているだけですので、いつかまたあの時のように笑ってくださる日が来るでしょう!」
小助はそう言いきってから、幸村の視線に気付いた。自分の主は、こうして過剰に褒められることを好む性質ではないから、何かしらお咎めがあるに違いない。小助は繕おうと口を開いたが、その先を見事兼続に奪われてしまった。
「やはり私の目は間違ってはいなかったのだな!」
そう言って幸村の手をとり、何を思ったのか手の甲をぺろりと舐めた。では幸村、また来るとしよう。と颯爽と兼続は帰って行ったのだが、幸村は手の甲を見つめたまま放心している。小助の目に映る幸村の横顔はまだ感情を思い出していなかったが、その頬にはうっすらと赤が差しているような気もして、自然と嬉しく思うのだった。
ただ、
(ああ佐助と才蔵に、なんて報告をしよう。)
まさか、幸村様に悪い虫がつきそうだ、などと文を書いた日には、軒猿が護る上杉領に二人で忍び込むに違いない、と小助は確信した。
小助の役割は、幸村様の身の回りの世話に加えて、身の安全を護り、そして一番肝心なのは、悪い虫退治であったのだ。
***
書かなきゃいけない設定とか、そういうの全部シカトしました。書きたい事だけ書ければいい。
上杉に人質に行った時は、すごく暗いっていう設定。にこりとも笑わないっていう。
ホントはここで佐助とか才蔵の名前が出てくるのはおかしいですが、まあ捏造し放題な状態なので、そこら辺はスルーで。
軒猿は確か上杉の忍びの名称じゃなかったかな、と。
色々調べてから書きたかったんですが、面倒だったんだよ(ちょ、おま)
あと、どうでもいいけど言いたいこと。
人質時代の時は、兼続様って呼んでるといいな。
義の誓いやった後でも、時々前の癖で兼続様って呼んじゃって、三成が物凄い顔で二人を見るといい。(あれ?三成オチ?)
06/08/21
小助と六郎は、こそこそと木々の影から二人の様子を伺った。悪の権現・直江兼続は遠駆けに出掛けようと強引に幸村を誘い出して、今は森の中二人きりで何やら談笑をしている。それを二人は見守っているのだ。
本来ならばその役目は小助であって、六郎は真田屋敷で留守を護りつつも調薬に忙しいはずであった。が、幸村が大いに景勝に気に入られたことでもろもろの警備が少しは緩くなり、人の出入りも何かと黙認されるようになった。小助は忍びとして秀でている才蔵や佐助よりも、一番に六郎を呼び寄せた。何かと過激派なあの二人では、上杉の忍びと一戦を交えるのは必須だろうと考えたわけだ。それは何故か。あの日以来、直江兼続の訪問が続き、どうやら幸村もその馴れ馴れしい雰囲気に感化されつつあるからだ。手を握るなど日常茶飯事。ましてや最近では、
「あ、ちょ、小助さん!あいつ幸村様の肩に手を置いてますよ、って、あ、」
「六郎、静かに見張ってくれ。見つかるぞ。」
「もうとっくにあの直江とかいう胡散臭い奴にはばれてますよ!」
ぐい、と兼続は幸村の身体を引き寄せると、六郎は更に声を上げた。穏便派で通っている彼ですらこの反応なのだ。あの二人であったのなら、彼の本拠地であるこの場であっても遠慮なく暴れるだろう。
(そんなことをしたら、幸村様のお立場が悪くなってしまう。)
小助が思うのはそれだけで、実際は小助も彼らと一緒に大暴れしてやりたい程なのだ。それ程までに直江兼続という男は馴れ馴れしい。そして、それを見せつけるようにしてくるのは、自分達がここでは何一つ手をうてないことを見越しているからだ。それにそれに、悔しいながらも、幸村の感情の氷結を少しずつ溶いているのもこの男なのだ。
風の流れが変わった。
先程までは、時折漏れる笑い声しか聞えなかったのだが、会話がしかと聞き取れるようになった。
『お前を見ていると、口を吸ってやりたくなるよ。』
がさりがさり!と音を立てて、六郎は立ち上がった。それを慌てて押さえ込もうとした小助だが、背の低い茂みから人が突然現れれば、誰だって気付くというものだ。案の定、二人は小助達へと視線を向けた。小助が繕うように笑ったが、幸村はやれやれと肩をすくめただけだった。
「兼続様、お戯れが過ぎまする。どうやら六郎が迎えにきてくれたようですので、私はここで失礼致します。」
そう言って一礼し、二人に視線で促した。何とか幸村様を魔の手から救い出せた六郎は手放しで喜び、幸村の隣りへとすぐさま移動する。小助は幸村の横顔を見、兼続へと視線をやって、すぐに幸村へと視線を戻した。無表情を装ってはいるが、やはり頬がほんのりと赤い気がする。
(まったく、悪い虫がついてしまった。厄介なのは、その虫があの直江山城だということもあるけれど、何よりも、当の幸村様がまんざらではないということだ。)
ああもう本当に、真田の城へ戻った時、皆にどう謝ればいいのだろう。
小助は、幸村の手を取って子どものようにはしゃぐ六郎の能天気さが、純粋に羨ましいと思うのだった。
***
十勇士もっと登場させたいんですが、知識不足で何分。
望月はまだ修行中の身です。だから、忍びとしてはまだちょっと未熟。
06/08/23
筧十蔵は縁側に腰掛け、愛用の銃の手入れをしていた。最近では六郎に続き十蔵の出入りも黙認されて、いつの間にやら幸村の部屋で仕事をしているのが常だ。
と、そこへ慌しい足音が響いた。それは部屋の前で止まると、乱暴に障子を開けて、後ろ手でぴしゃりと閉めた。真田幸村は障子に背をもたれかけながら暫く佇んでいたが、そのうちずるずると力が抜けたかのように、その場にしゃがみ込んだ。
「 、こまった、」
幸村はそうぼそりと零すと手で顔を覆ってしまった。十蔵は銃を扱う手を止めない。
「困ってたんですか。自覚があって何よりです。」
十蔵の声に、幸村はようやく十蔵がこの部屋に居て、自分の独り言が聞かれてしまったことに気付いた。言い繕うと口を開いたものの、言葉が見つからなかったのか、はたまた諦めたのか、小さくため息をついて十蔵の隣りに腰掛けた。
「兼続様に、町に行かないかと誘われた。」
「で、若は何と返事したわけで?」
「…逃げてしまった。」
「だから、困った?」
「……。」
十蔵は我ながら意地の悪いことを訊くものだ、と思う。この人が一番困っていることは、兼続が明確な意思をもって幸村を誘っていることだ。幸村は自分をそういう対象として見られていることに、ただ困惑している。拒否でもなく、かと言って兼続の想いを受け入れてるのでもなく。幸村自身、分かっていないのだろう。
「 こまった 」
幸村は繰り返して、再び手で顔を覆った。最近の幸村は少しずつではあるが感情を思い出してきたようで、笑いもすれば怒りもするし、時折苦しそうに微笑んだりもする。傷が癒えてきているのか、ようやくかさぶたが形成されつつあるのか分からないが、十蔵が笑う幸村を見ては嬉しく思う。十勇士はこの笑顔の為に働いているといっても過言ではない程なのだ。
「お前の目から見て、私はどう映る。私は兼続様を、」
「そういうデリケートな話は、小助にして下さいよ。俺じゃあ専門外だ。」
「呆れないのか?」
「呆れませんよ。若が決めたことなら、俺達はどこまでも従いますって。だからまあ、好き勝手に振舞ってください。どうぞご存分に、人の道を外れてください。」
そんな励まし方があるか、と幸村が不貞腐れようと思ったそのタイミングで、小助の「直江様がお見えですよー。」と声が聞こえたものだから、幸村は文句を飲み込んで、「今行く。」と返すしかなかったのだった。
***
十蔵のキャラは、左近とかぶる。
恋愛相談させたかったのに、私の頭が寝てるせいで、もうぐちゃぐちゃした話になりました。
かねっつは、今まで友達だと思ってた人に突然告って、お前のことが好きだから私を意識してくれ、とか言いそう。で、普通にいつも通りの生活が出来ちゃう人。恋愛は悩まないといい。
何となく幸村を若と呼ばせてみた。
06/08/25
兼続は首筋にあてられた刃の冷たさに、今まさに開こうと襖に伸ばした手を止めた。気配も何もない。ただこの蒸すような暑さの中、金属のひやりとした氷にも似た冷たさだけが兼続に危機感を知らせていた。確かにここが上杉の領内だからこそ油断をしていたのかもしれない。敵の姿も見えないのに、その殺意だけは向けられた刃先からひしひしと感じる。
「道に迷われたのであれば、あなた様のお部屋までご案内いたします。」
影が静かに、それでいて威圧するように言う。ここで違うと言えば、おそらくこの命はない。命はないが、兼続とてここで引き下がるわけにはいかない。
「少しばかり所用でここまで足を運んだのだが、もしかしたら道を間違えたのかもしれないな。私に噛み付いてくる忍びがよもやこんな場所にいるとは思えない。」
影は兼続の返答に、反応を返す代わりに気配をあらわにした。見事に兼続の背後を取っている。これではここで抵抗したところで、簡単に切り伏せられてしまうに違いない。忍びの技には精通していなかったが、相手が手練であるということぐらいは分かる。
「…所用というのは、」
「痴れたこと。幸村に逢いに来たに決まっているだろう。お前は幸村の忍びだろう?いいのか?私を殺したとなれば、幸村の立場がどうなるか、お前達も分かるはずだ。」
「……。」
「お前が思っているよりは、上杉の忍びも優秀だよ。お前がこの手を離さぬのならば、私も彼らを呼ばねばならん。いいのか?」
影は小さく舌うちをすると、諦めたように兼続の首筋から刃をどけた。
「早々に立ち去れ。幸村様の警護を任された以上、何人たりとも侵入を許さない。」
「それは聞けぬ要求だな。私は幸村に逢いに来たと言っただろう。」
何の為に、と影は問う。兼続はひやりと笑って、夜這いに決まっているだろう、と影の目を嘲笑った。
きさま…!と唸るように声を上げた影、もとい猿飛佐助は、今まで抑えていた殺気を膨らませ、手に暗器を握った。いくら直江兼続とあろうとも、暗闇が支配する中、忍びの技を避けられようがない。佐助が衝動に任せて武器を放る、まさにその瞬間、
「佐助。」
と、全てを見越していたかのような、殺気すらも落ち着かせる幸村の声が、鍛えられた忍びの聴覚を持つ佐助の耳に届いた。見れば、僅かに襖が開いている。
声一つで幸村の感情を感じ取ってきた佐助だったが、この声音だけは彼が何を思っているのかまるで分からなかった。
「そこにおられるは兼続様か?」
「……。」
佐助は無言を貫いたが、幸村はその空白で確信したようで、どうぞお入り下さい兼続様、と闇に幸村の声が響いた。
「幸村様、よろしいので?」
「……ああ。」
そう言われてしまってはどうすることも出来ない佐助は、渋々と言った様子で武器をしまった。
必死になってこの主から兼続を遠ざけてきたというのに、幸村はそれを望まないのかもしれない。佐助は襖の奥にいるだろう主に膝をついて、再び闇に紛れたのだった。
***
頭寝てる時にうつもんじゃないな、と(またかよ!)
もうちょい続けたいんで、なんかなんかな展開。いっときますが、にゃんにゃんな流れにはなりません、ならないかな、なっても書けないな、っていう…。
まだキャラとして確定してないんで、書いてくうちにもやもやが少しははっきりしてくるのではないか、と思ってます。
06/08/27