どんだけ孫市がひどい奴か、っていう妄想。
設定は101部屋の96番の話。
「ヤらせてくれ。」
と孫市は、酒を飲み干すその合間に言った。幸村は同室で荷物の整理をしていたのだが、それが自分に向けられたものだとは気付かず、ああ酔っ払っているのか、とだけ思った。
しかし孫市はもう一度繰り返した。今度は幸村の名を呼んで、
「幸村、一発ヤらせてくれ。」
と最低な言葉を吐いた。幸村は言葉の意味がすぐには理解できなかったが、きっと下ネタ好きの孫市のこと、あっち系の話だろうと思い、はっきりと「嫌です。」と断った。
しかし孫市は酒を片手に抱えたまま、幸村との距離を縮めた。薄明かりの中、じりじりと孫市が膝を進める。幸村も思わず距離を空けようとするが、すぐに背に壁がぶつかった。孫市は酔った頭のせいで距離感がつかめていないのか、触れ合う程近くに顔を寄せた。酒くさい吐息が幸村にかかる。
「ゆきむらぁ、」
まるでねだるような声音だったが、それにうっかり「はい」と頷いてしまったら、自分はなんだか間違った方向へ落ちてしまうような気がして、幸村は頑なに拒絶し続けてる。
「嫌です、絶対に嫌です。私など代わりにせずとも、外へ出て、その手の店へと行ったらいいではないですか。」
孫市に男色の気はない。もちろん幸村にもない。それなのに孫市は今にも幸村を押し倒してしまいそうな体勢から退こうとはしない。どこか焦点の合っていない孫市をよそに、幸村はまじまじと孫市の顔を見た。至近距離で見ても、孫市の顔が整っているものだと思わずにはいられない。この顔から女を口説く台詞がこぼれるらしい。確かに、真顔で迫られたら、大抵の女性は落ちてしまうだろう。けれど幸村は女ではなかったし、孫市は真剣な顔どころか、間抜け面をさらしている。
孫市は考えるように幸村の眸をじっと見つめた。口を開けば、酒のにおいが幸村の鼻をつく。
「駄目だ。」
「何が駄目なのです?」
お金も、まあたくさんはありませんが、一夜分ぐらいはあるでしょうに。
幸村がそう指摘すると、孫市はもう一度「駄目だ。」と言った。
「金の問題じゃない。これから外に出るのが面倒だ。ああ面倒だ。それに女にへつらうのも、気分が乗らない。」
なんて言うことを言うのだ、と幸村は呆れた。こんな男の甘言に乗せられてしまう女が非常に気の毒になった。
「反面あんたは目の前にいるし、睦言を吐く必要もない。こんなにも楽な相手は早々いないさ。」
なあいいだろ?と孫市が酒を放って幸村に襲い掛かるのと、幸村の右足が勢いよく孫市を蹴り飛ばしたのは同時だった。景気よく畳を転がった孫市は、幸村が警戒して様子を伺うも動きがない。孫市どの?とおそるおそる呼びかけても返事はなかった。幸村はそろそろと孫市の身体を反転させ、顔を覗き込んだ。蹴飛ばされた時に頭を強く打ったのか、それとも酒が全身に回っていたのか定かではないが、孫市は気を失っていた。幸村は安堵の息をついたが、さてこれからは毎夜、こうした攻防が続くのだろうか、と思うとため息が漏れた。とりあえず、今日の宿は別室にしてもらおう、と腰をあげた幸村だった。
***
意外に長くなっちゃいました。私の中の孫市ってこんな感じです。
06/12/03